権威とミルグラム教授の電気ショック実験(『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』より)

2023年7月27日

「権威」はさまざまな場面で私たちに影響を与えています。
今回は『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』の内容をもとに、権威の影響を紹介していきます。

ミルグラム教授の電気ショック実験

実験の概要

「権威」の持つ影響力をよく表わしたものに、ミルグラム教授の電気ショック実験があります。
研究者は、被験者2人に「罰を与えることが、学習と記憶に及ぼす影響を調べている」と説明します。生徒役の被験者Aには、単語リストを渡してそれを覚えさせます。被験者Bには教師役を割り当てます。そして「生徒役の記憶力をテストし、生徒役が間違えた場合には電気ショックを与えなさい」と教師役に伝えます。

実験が始まり、生徒役が間違える度に与えられる電気ショックの電圧は15ボルトずつ上げられました。次第にひどい痛みを感じるものになり、生徒役は叫び声を上げます。
しかし、それでも教師役は危険な電気ショックを与えるのをやめませんでした。

実験の裏側

この実験は一見とても残酷ですが、実は生徒は被験者ではなく、被験者の生徒役を装った演者でした。
実際は演者たちは電気ショックを与えられておらず、痛みに耐え兼ねて壁を蹴ったり、叫び声を上げたりする演技をしていました。
この研究の本来の目的は、他者に対して苦痛を与えるよう指示された場合、人はどこまで苦痛を与え続けるかを知ることでした。

被験者のうちの3分の2が、生徒役の叫び声を聞いても聞き入れることなく、最大レベル(450ボルトの電圧)まで電気ショックを与えました。被験者40人のうち、教師役の仕事を途中でやめようとする人はほとんどいませんでした

追加の実験

上記の実験で出た意見をもとに、ミルグラム教授たちはさらに実験を行いました。
教師役の被験者たちが、電気ショックの危険性に気づかなかった可能性を検証するためです。
先ほどの条件に加えて、生徒役が「自分には心臓疾患があり、電気ショックを受けると悪い影響がある」と、実験前に教師役に伝えることにします。しかし、それでも結果は変わらず、65%の教師役が最大の電気ショックまで与え続けました。

彼らが電気ショックを与え続けた理由は、実験服を身にまとった研究者の「権威」に逆らえなかったからだと考えられます。
実験をやめようと考えた教師役の被験者に対し、研究者は実験を続けるように促していました。教師役の被験者が「やめさせてほしい」と伝えても研究者に拒まれ、苦痛の表情を浮かべながら電気ショックを与えていました。

この「権威に対しての服従」を裏付ける、さらなる実験があります。今度は痛みを訴える生徒役を見た研究者が、実験をやめるように教師役に伝えます。一方、生徒役は「実験を続けてくれ」と言い、「さらに強い電気ショックを与えてくれ」と言いました。
この場合、教師役の被験者の全員がすぐに電気ショックを与えるのをやめました。権威を持つ研究者が実験をやめるように伝えたので、教師役の被験者は実験をやめたと考えられます。

権威者に従うことは利益になる

私たちは幼いころから親や教師に従い、成長して大人になると、会社の上司や裁判官、総理大臣といった「権威者」に従って生きています。
私たちは無意識のうちに、彼らに従うことが自分のためになることを知っています。私たちが「権威者」に従う理由は次の2つです。

  • 権威者が自分よりも多くの知識を持っている
  • 権威者が自分たちへの賞罰をコントロールしている

服従させる「権威」のシンボル

人は「権威」に強く影響されますが、権威の実体だけでなく、そのシンボルにも影響されてしまいます。つまり、権威があるように見せかけることも可能ということです。

肩書き

肩書きがどれほど、人に影響を与えるのかがわかる実験があります。実験では、研究者のひとりが、ナースステーションにその病院の医師を装って電話をかけ、特定の患者にある薬を投与するように指示しました。指示には、次のような不審な点がありました。

  • 電話での処方は病院の方針に違反している
  • 投与指示された薬は認可されていない
  • 処方された服用量は危険なほど多い(1日の最大服用量の2倍)
  • 電話で指示した医師は、看護師が会ったこともなく見たこともない男性

これだけの不審な点があったにもかかわらず、95%の看護師は知らない「医師」の指示に従おうとしました。このように医療の知識がある看護師であっても、「医師」という権威者からの指示に機械的に従ってしまうことがわかります。

服装

社会心理学者のビックマンは、通りすがりの人に「捨てられた紙袋を拾ってほしい」や「反対側のバス停に立ってほしい」といったお願いを、服装を変えて行いました。依頼者がカジュアルな服装で依頼した時より、警備員の服装で依頼した時の方が多くの人がお願いを聞き入れてくれました。
警備員の服が権威の象徴になり、依頼が受け入れて貰いやすくなったと考えられます。

装飾品

身につける装飾品や乗っている車も、私たちに影響を与えます。サンフランシスコで行われた実験では、行き先の信号が青に変わってから、発車しない前の車に対して、ドライバーがクラクションを鳴らすまでの時間を計りました。
発車しないのが、新型の高級車だった場合、半分のドライバーがクラクションを鳴らしませんでした。しかし、旧型の普通の車だった場合は、ほとんどのドライバーがすぐにクラクションを鳴らしました。
先ほどの警備員の服と同様に、高級車が権威の象徴になったと考えられます。

大きさの知覚と地位の関係

権威者の肩書きによって、大きさの知覚にも影響があることがわかっています。オーストラリアの大学生5クラスを対象に、ケンブリッジ大学からの「来客」の身長を推測するというものです。

来客役の男性は各クラスに行きましたが、その際の彼の肩書きはクラスごとに「学生・実験助手・講師・準教授・教授」と異なる紹介がされました。彼が教室を出て行ったあと、大学生たちは彼の身長を推測するように言われました。その結果、彼の身長は地位が上がるごとに1.5センチずつ高く推測されました。来客役の男性は同一人物なのにです。
つまり、権威の強いものは、より大きく感じるという傾向があります。

「権威」をビジネスに活かす方法

「権威」を活かしてビジネスを行う方法には、次のようなものがあります。

専門家を監修者や協力者として招く

専門家と協力して商品やサービスを展開し、その名前や肩書き(権威)を広告などに記載することで、商品の信頼性を高められます。

商品名を工夫する

あるアメリカの食品会社は、イタリア人地区で売るために社名の最後に「O(オー)」を入れたブランド名にしました。イタリアの人にとって名前が母音で終わる方が、権威あるブランドのように感じられるためでしょう。

誠実さを見せて利益にする

自分たちが売りたいと思っている商品やサービスについて、ちょっとした欠点を伝える手法もあります。その欠点は、他の多くの利点によって相殺されるようなものなのですが、欠点を正直に話されることで、顧客は相手のことを誠実だと思い、信頼してしまいます。

参考

  • ロバート・B・チャルディーニ(著)、社会行動研究会(翻訳)『影響力の武器[第三版]―なぜ、人は動かされるのか』誠信書房、2014年