顧客に刺さる「ビジネスコンセプト」の作り方とは?楠木建『ストーリーとしての競争戦略』に学ぶ3つの条件

noteへのバナー

「うちの会社の強みって、一言で言うと何だろう?」
「競合と同じようなことばかりやっていて、差別化できない…」

ビジネスに携わっていると、こんな風に自社の向かうべき方向が見えなくなることはありませんか?
多くの企業が様々な施策を打ち出すものの、それらがバラバラで一貫性がなく、結局お客さんの心に響かない…という悩みを抱えています。

[画像:ストーリーとしての競争戦略]
より詳しく知りたい方は、こちらの原著もぜひ手に取ってみてください

経営学者の楠木建先生による名著『ストーリーとしての競争戦略』では、優れた戦略には一本筋の通った「ストーリー」があると説きます。
そして、そのストーリー全体の心臓部であり、すべての始まりとなるのが「コンセプト」です。

この記事では、同書を基に、あなたのビジネスを成功に導く「コンセプト」とは何か、そしてその作り方の要点を、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。

コンセプトとは何か?~ドリルを売るな、穴を売れ!~

[画像:一本の線で繋がった起承転結のイラスト。特に「起」の部分が大きく「コンセプト」と書かれているイメージ。]

そもそも、ビジネスにおける「コンセプト」とは何でしょうか?
『ストーリーとしての競争戦略』の中で、楠木先生はコンセプトを以下のように定義しています[1]楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社、2010年、238頁。以下『ストーリーとしての競争戦略』と略記

コンセプトとは、その製品(サービス)の「本質的な顧客価値の定義」を意味しています。本質的な顧客価値を定義するとは、「本当のところ、誰に何を売っているのか」という問いに答えることです。

「ドリル」ではなく「穴」を売る

[画像:「ドリル」の写真に×印がつき、その横に「壁に開いたキレイな穴」のイラストにチェックがついているイメージ。]

この「本当のところ、誰に何を売っているのか」という言葉を聞いて、ピンとくる方もいるかもしれません。これは、有名なビジネスの格言「お客はドリルがほしいのではない、穴がほしいのだ」と同じ考え方です。

お客さんは、工具としての「ドリル」というモノが欲しいわけではありません。ドリルを使って壁に「穴」を開け、そこにフックを取り付けて絵を飾り、豊かな生活を送りたいのです。
つまり、ドリルを売る会社は、本当のところはお客さんに「快適な暮らしを実現するための穴」を売っていることになります。

このように、自社の製品やサービスが、お客さんにとって「本当のところ」どんな価値を提供しているのか。それを明確に定義したものが「コンセプト」なのです。

起点であり、終点でもある

[画像:コンセプトがストーリーの「起点」であると同時に、顧客への提供価値の「終点」]

楠木先生は、このコンセプトがストーリーの「起点」であると同時に、顧客への提供価値の「終点」でもあると述べています[2]『ストーリーとしての競争戦略』239頁

これはつまり、コンセプトが「こんな価値を提供しよう!」という全ての戦略や施策の出発点(起点)であり、それらの活動を通じて最終的にお客さんに届けたいゴール(終点)でもある、ということです。
コンセプトというブレない軸があるからこそ、ストーリーに一貫性が生まれるのです。

良いコンセプトの3つの条件~あなたのビジネスの「要」をつくる~

では、どうすれば優れたコンセプトを作れるのでしょうか?楠木先生は、その大切な要素を3つ挙げています。

すべてはコンセプトから始まる

[画像:扇子のイラスト。要の部分に「コンセプト」と書かれ、そこから各施策(マーケティング、製品開発など)の骨が広がっているイメージ。]

コンセプトは、単なるスローガンではありません。マーケティング、製品開発、営業、人事など、会社が行うすべての活動を束ねる「扇の要」のような存在です。

だからこそ、コンセプトは誰かの意見や流行に流されて作るものではありません。
「お客さんの声を聞く」ことはもちろん大切ですが、それに振り回されるのではなく、自分の頭でじっくりと考え抜く必要があります。
そして、次に説明する「人間の本性」を深く捉えた、あなたのビジネスの象徴となるようなコンセプトを作り上げなければなりません。

「誰に嫌われるか」をはっきりさせる

良いコンセプトは、輪郭がくっきりしています。その輪郭を作るために非常に重要なのが、「誰を相手にしないか」「何をしないか」を決めることです[3]『ストーリーとしての競争戦略』274頁

例えば、本書でも紹介されている女性専用フィットネスクラブの「カーブス」は、その典型例です。
カーブスは、顧客を「女性」に限定することで、「男性の目を気にせず運動に集中したい」というニーズに応えました。これは、男性客を全員切り捨てる(嫌われる)という覚悟の上に成り立っています。

このように、「誰に売って、誰に売らないか」をはっきりさせることで、本当に届けたい相手に、より深く、強く価値を届けることができるようになるのです。

「人間の本性」を捉える

[画像:目の回る忙しさで会社のデスクで頭を抱えている、日本の中小企業の女性社員]

優れたコンセプトは、必ず「人間の本性」を捉えています。楠木先生は「本質的な顧客価値を突き詰めるとは、『誰が、なぜ喜ぶのか』をリアルにイメージするということです」と述べています[4]『ストーリーとしての競争戦略』279頁

本書で紹介されている事務用品通販の「アスクル」の例は、非常に分かりやすいです[5]『ストーリーとしての競争戦略』251頁
アスクルがターゲットにしたのは、30人以下の小規模事業者。こうした会社では、総務の担当者が一人で様々な雑務をこなしています。

「あ、コピー用紙が切れた!」
「えー、今から買いに行くの?うちのオフィス、エレベーターないのに…」
「ついでにボールペンと、あ、お茶も買ってきて!」

こんな風に、事務用品の買い出しは、ただでさえ面倒な上に、色々な手間が重なります。
アスクルが提供したのは、単に「事務用品」というモノではありません。このような「名もなき事務仕事の、どうしようもない面倒くささ」から人々を解放する、という本質的な価値だったのです。
これは、以前紹介したN1分析にも通じる考え方ですね。

N1分析について

N1分析は「名前も顔も分かる、実在するたった一人(N=1)のお客さん」を徹底的に深く理解することから始める分析アプローチです。
この手法については、下記の記事もご参照ください。

【事例集】有名企業は「本当のところ、何を売っているのか?」

最後に、本書でも紹介されている有名企業の優れたコンセプトの例を見ていきましょう。これらの企業が「本当のところ、何を売っているのか」を考えると、コンセプトの本質がより深く理解できるはずです。

  • ベネッセ(赤ペン先生)
    • 売っているのは「教材」や「答え合わせ」ではない。
    • 本当の価値: 添削を通じた、先生や家族との「コミュニケーションを促進するツール」
  • ブックオフ
    • 売っているのは「古本」ではない。
    • 本当の価値: 本を「捨てない人のためのインフラ」
  • スターバックス
    • 売っているのは「コーヒー」ではない。
    • 本当の価値: 家庭でも職場でもない、心地の良い「第三の場所(サードプレイス)」
  • サウスウエスト航空
    • 売っているのは「航空券」ではない。
    • 本当の価値: 安くて手軽な「空飛ぶバス」
  • アマゾン
    • 売っているのは「あらゆる商品」ではない。
    • 本当の価値: 人々の「購買決断を助ける」こと
  • カーブス
    • 売っているのは「運動プログラム」ではない。
    • 本当の価値: 女性のための「気軽なフィットネス」

まとめ:あなたのビジネスの「コンセプト」を考えよう

今回は、楠木建先生の『ストーリーとしての競争戦略』を基に、ビジネスの心臓部である「コンセプト」について解説しました。

  • コンセプトとは、「本当のところ、誰に何を売っているのか?」という本質的な顧客価値の定義。
  • 優れたコンセプトを作るには、①すべてはコンセプトから始まる、②誰に嫌われるかをはっきりさせる、③人間の本性を捉える、という3つの要素が重要。

あなたの会社の製品やサービスは、「本当のところ」、お客さんに何を提供しているでしょうか?
ぜひ一度、この問いをじっくりと考えてみてください。そこから、競合他社には真似できない、あなただけの強力な競争戦略の「ストーリー」が始まるはずです。

参考

  • 楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社、2010年

1楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社、2010年、238頁。以下『ストーリーとしての競争戦略』と略記
2『ストーリーとしての競争戦略』239頁
3『ストーリーとしての競争戦略』274頁
4『ストーリーとしての競争戦略』279頁
5『ストーリーとしての競争戦略』251頁