品質マネジメントの計画とは何か?PMBOKの用語を解説
品質マネジメントの計画とは
品質マネジメントの計画とは、プロジェクトやプロジェクトから生み出される成果物・プロダクト・サービスの品質要求事項や品質標準を特定し、プロジェクトで品質要求事項や品質標準を順守するための方法を文書化するプロセスです[1]PMBOK第6版、277頁。
なぜ品質マネジメントの計画が必要なのか?
ソフトウェア開発などのITプロジェクトだけでなく、「品質が高い」「品質が悪い」というような会話は仕事の上でよくなされます。
しかし、品質に普遍的な指標はありません。ソフトウェア開発の人類学者であるジェラルド・ワインバーグの言葉を借りれば、品質は誰かにとっての価値であり、人によって感じる品質は異なります[2] G.M.ワインバーグ (著)、大野 徇郎 (訳)『ワインバーグのシステム思考法 ソフトウェア文化を創る〈1〉』共立出版 、1994年、7頁。。
どういうことかと言えば、バグが多いものの、とても面白いテレビゲームがあったとします。1996年に発売されたポケットモンスター赤・緑などはまさにそのようなゲームの代表で、ボタンを同時押しするだけでなんらかのバグが発生するようなゲームでしたが、そうした欠点を補ってあまりある面白さにあふれていました。
こうしたゲームはどのように評価するべきでしょうか?人によってはポケモン赤・緑を「バグの多い最低なゲーム」というかもしれませんが、多くの人は最高のゲームと評価するでしょう。
なぜなら、当時ゲームをしていたプレイヤーの多くはこの手のバグに慣れていましたし、彼らにとって品質というのはキャラクターデザインやゲーム性を指していたからです。
このように、品質というのはそれを使用するユーザーや、その製品を受け取る人間が感じるものであり、一般的に「これができていたら高品質」というものはなかなかありません。
そのため、プロジェクトでは「品質とは何か?」を、そして その品質をどうやって検証するかを定める必要があります。
その方向性を決めていくプロセスが、この品質マネジメントの計画であると言えるでしょう。
品質マネジメントの計画のアウトプット
あらかじめ品質マネジメントの計画のアウトプットを確認し、このプロセスのゴールを確認していきましょう。
品質マネジメントの計画では以下のような文書が作成・更新されます。
- 品質マネジメント計画書
- 品質尺度
- プロジェクトマネジメント計画書更新版
- リスク・マネジメント計画書
- スコープ・ベースライン
- プロジェクト文書更新版
- 教訓登録簿
- 要求事項トレーサビリティ・マトリックス
- リスク登録簿
- ステークホルダー登録簿
品質マネジメント計画書
品質マネジメントの計画のプロセスの大きなアウトプットとして、品質マネジメント計画書と品質尺度の作成が挙げられます。
品質マネジメント計画書とは、品質マネジメントの計画で決定した事項をまとめた文書です。
具体的には、以下のような事柄に言及していきます。
- プロジェクトが使用する品質基準
- プロジェクトの品質目標
- 品質に関する役割と責任
- 品質レビューを受けるプロジェクトの成果物とプロセス
- プロジェクトのために計画された品質のコントロールおよび品質のマネジメントの活動
- プロジェクトで使用する品質ツール
- 不適合、是正処置の手続き、および継続的改善の手続きなど、プロジェクトに関連のある主要な手続き
品質尺度
品質尺度とは、品質を評価・検証するための尺度のことです。
定量的に把握できることが求められ、例えば1カ月当たりのバグ検知数や欠陥率など、数値で把握できるものが品質尺度として採用されます。
プロジェクトマネジメント計画書・プロジェクト文書の更新
品質マネジメントの計画を進めていく中で、これまで作成したプロジェクトマネジメント計画書およびその構成要素の文書や、プロジェクト文書が更新されることもあります。
例えば品質マネジメントを考えていく中で、新たなリスクが発見された場合はリスク・マネジメント計画書が更新されたり、リスク登録簿が更新されたりします。
また、品質マネジメントをする上で、新たなステークホルダーが発見され、それをステークホルダー登録簿に加えることもあります。
このように、品質マネジメントの計画の中でこれまでの計画書・文書に変更がでたら、変更手続きに従って更新を行っていきましょう。
品質マネジメントの計画のインプット
品質マネジメントの計画は以下のような資料・情報を使ってプロセスを進めていきます。
- プロジェクト憲章
- プロジェクトマネジメント計画書
- 要求事項マネジメント計画書
- リスク・マネジメント計画書
- ステークホルダー・エンゲージメント計画書
- スコープ・ベースライン
- プロジェクト文書
- 前提条件ログ
- 要求事項文書
- 要求事項トレーサビリティ・マトリックス
- リスク登録簿
- ステークホルダー登録簿
- 組織体の環境要因
- 組織のプロセス資産
ここからは、これらの資料・情報から何を読み取っていけばよいのかを解説していきます。
成果物・プロダクト・サービスを求めている人物の把握
先述の通り、品質とは誰かにとっての価値です。
そのため、品質マネジメントの計画を進めていく上では、このプロジェクトの成果物・プロダクト・サービスを求めている人物は誰なのかを把握していきます。
それを可能にするのがプロジェクト文書であるステークホルダー登録簿です。
ここから、今回のプロジェクトのステークホルダーを確認し、このプロジェクトは誰の価値を提供していかなければならないのかを明確にしていきます。
要求事項
このプロジェクトの成果物・プロダクト・サービスを求めているステークホルダーが確認できたら、次は彼らの要求事項を整理していきます。
要求事項は要求事項マネジメント計画書やステークホルダー・エンゲージメント計画書、要求事項文書、要求事項トレーサビリティ・マトリックスから把握することができます。
また、これらの要求事項をもとにプロジェクトの範囲を定めたスコープ・ベースラインにも目を通しておくとよいでしょう。
品質に影響を与える要因は何か?
次に品質に影響を与えるような要因は何かを特定していきます。
プロジェクトの懸念事項についてはリスク登録簿やリスク・マネジメント計画書に記載されているため、これらを確認して品質に影響を与えるリスクを把握していきます。
また、組織内外の環境も品質に影響を与えていきます。
例えば、政府機関による規制で一定の品質を求められたり、もともと品質に関する標準・ガイドラインが定められていることもあります。さらに、市場で認識されている品質のレベルなどもプロジェクトに影響を与えます。
こうした要因については、組織体の環境要因を確認して把握していきます。
品質マネジメントの活動に影響を与えていくもの
品質マネジメントの活動をしていく中で、活動に影響を与える要因もあります。
先ほどの組織体の環境要因で言えば、組織内のプロジェクトの作業条件や運用条件が品質マネジメントの活動に影響を与えていきます。
他には、前提条件ログに記載されている前提条件を確認すると、プロジェクトの制約が書かれていることもあるため、これらの制約条件に品質マネジメントの活動が制約されないか確認していくとよいでしょう。
利用できるノウハウはないか?
最後に組織のプロセス資産からコスト・マネジメントの計画を進めるために使えるノウハウがないかを確認します。
PMBOKでは以下のような組織のプロセス資産が紹介されています[3]PMBOK第6版、281頁。。
- 方針、手続き、ガイドラインを含めた組織の品質マネジメント・システム
- チェックシート、トレーサビリティ・マトリックス、その他の品質テンプレート
- 過去のデータベースと教訓リポジトリ
このように組織内に培われたノウハウや、過去の教訓から、資源マネジメントの計画を進める上で何か使えるものがないかをチェックします。
プロジェクトが単独でISOやJISのような品質の規格を作成することは、時間的にも能力的にも制約が大きく、現実的であるとは言えません[4]榎本徹『ISO21500から読み解く プロジェクトマネジメント』オーム社、2018年、159頁。。
そのため、ISO9001のような品質マネジメントの規格をすでに取得している組織であればこれらの知識を動員していき、もし取得していない組織であっても自社の品質マネジメントの手法を底本にしていくとよいでしょう。
品質マネジメントの計画のツールと技法
品質マネジメントの計画のツールと技法は以下の通りです[5]PMBOK第6版、281頁。。
- 専門家の判断
- データ収集
- ベンチマーキング
- ブレインストーミング
- インタビュー
- データ分析
- 意思決定
- データ表現
- フローチャート
- 論理データ・モデル
- マトリックス・ダイアグラム
- マインド・マップ法
- テストおよび検査計画
- 会議
品質マネジメントの計画のツールと技法はこのように多岐にわたるため、ここからは専門家の判断、会議について解説を加えていきます。
専門家の判断
品質マネジメントの計画は、以下のような事項の知識を有する専門家とプロセスを進めていきます。
- 品質保証
- 品質のコントロール
- 品質測定
- 品質改善
- 品質システム
ベンチ・マーキング
ベンチマークとは、基準とする品質や性能、時間やコストなどの値を意味します。
今日ベンチマークは経営戦略や財務分析などさまざまな分野で使用されているアイデアですが、IT業界で「ベンチマーク」といった場合は、もっぱらコンピュータに搭載されたハードウェアやソフトウェアの性能を評価するテストを意味します。
ベンチ・マーキングについては、下記の記事もご参照ください。
ブレインストーミング
ブレインストーミング(Brainstorm)とは、会議に参加した人たちが自由な発想で意見を出し合い、新しいアイデアを生み出すための手法のことで、 日本では「ブレスト」と略されて使われています。
ブレイン(brain)は脳、ストーム(storm)は嵐を意味するように、ブレインストーミングは、「脳に嵐を巻き起こし、多様なアイデアを出す」ことを目的としています。
ブレインストーミングについては、下記の記事もご参照ください。
費用便益分析
費用便益分析(Cost Benefit Analysis)とは、プロジェクトの評価手法として活用され、プロジェクトがどれだけの収益を上げるものなのか判断するため分析方法です。
プロジェクトに対する総便益の比率を指標とします。
品質コスト
品質コスト(COQ:Cost Of Quality)とは、プロジェクトの品質マネジメントの中で分析される成果物の品質を保つために支払うコストのことです。予防コストと評価コストの適合関連コストと内部不具合コストと外部不具合コストの不適合関連コストから成り立っています。
品質コストについては、下記の記事もご参照ください。
多基準意思決定マトリックス
多基準意思決定マトリックスは多基準意思決定分析で用いられる表組で、さまざまな評価項目で複数の案を評価していき、最適な案を決定するために使われる分析手法です。
多基準意思決定分析では、複数の基準をそのままの尺度で評価することができます。例えば関連効果や量的効果、質的効果、貨幣的効果、非貨幣的効果などを同時に考慮することができる手法として、さまざまなシーンに活用される分析方法です。
多基準意思決定分析については、下記の記事もご参照ください。
マトリックス図法(マトリックス・ダイアグラム)
マトリックス図法とは、 簡単に言いかえれば表組による表現方法であり、複数の要素を「行」と「列」に並べて、関係性を明確にする際に利用される手法です。マトリックス・ダイアグラム(Matrix Diagram)と呼ばれることもあります。
マトリックス図法については、下記の記事もご参照ください。
マインドマップ
マインドマップとは、用紙の中央にテーマを書き、そこから連想されるキーワードを書き足していくことによって情報を整理したり新たなアイデアを生み出したりする手法のことです。
マインドマップについては、下記の記事もご参照ください。
会議
品質マネジメントの計画はステークホルダーの要求事項に大きな影響を受けるプロセスであるため、プロジェクト・チームだけでなく、ステークホルダーとの会議のもと意思決定をする必要があります。