「選択」こそ人生のモチベーション ~『選択の科学』より~

2023年10月25日

生きる意欲と選択の関係

私たちは日々、なにかを選択しながら生きています。生きることと選択は、切り離すことはできません。中でも、自分で選択できると感じる自己決定感は、非常に重要です。自分で選択できると感じることが、生きることを選ばせることもあります。

今回は『選択の科学』から、選択することと生きる意欲の関係を紹介していきます。

ラットの実験

精神生物学者のカート・リクターは、ラットを1匹ずつビンの中に入れ、それを水で満たすという実験を行いました。ラットは、ビンをよじ登ることはできず、泳ぐか溺れるかの2択を迫られます。結果には大きな個体差があり、平均60時間泳ぎ続けたラットと、あっさりあきらめ溺れたラットに分かれました。
この違いはなんなのかを解明するため、次の実験では、水の中に入れる前に、何度かラットをつかまえては逃がすということをしました。
そうすると、水で満たされたビンの中に入れられた時に、あきらめたラットは1匹もいませんでした。過去に何度も苦境を切り抜け、逃げられた経験をしたラットたちは、自分の力で結果を変えられることを知っていたため、体力の限界まで泳ぎ続けました。

この実験から、「自分の選択によって状況を変えられる」という認識が、ラットに生きる意欲を与えたと考えられます。
この認識はラットだけではなく、人間にも当てはまります。
日ごろ、私たちが「選択」と呼んでいるものは、自分自身や、自分の置かれた環境を、自分で変える能力のことを指しています[1]シーナ・アイエンガー (著)、櫻井祐子(翻訳)『選択の科学』文藝春秋、2010年、29頁。
つまり、「選択ができる」という認識は、自分自身が状況を変えられるという自己決定感を持っているということであり、「選択ができない」という認識は「自分ではどうすることもできない」という、自己決定感が低い状況ということです。
自己決定感が高いほど、人はモチベーションが高くなり、逆に自己決定感が低ければ、モチベーションは低くなります。
こうしたことから、選択とモチベーションが密接に関係していることがわかります。

動物園の動物はストレスが多い

もう一つ、動物の観察からわかった選択とモチベーションの関係を紹介していきます。
動物園の動物は、危険もなく、エサも決まった時間に与えられ、何不自由なく生きているように見えます。しかし、動物たちにとってみれば、安全な場所であるかはわからず、捕食者の気配や匂いが絶えずしている状況で、逃げることも戦うことも選べません。つまり、常にストレスにさらされている状態です。結果的に彼らは、野生動物よりも寿命を縮めてしまうことが多いです。

「食事もあって、身に危険がなければ快適な生活なのでは?」と思うことがあるかもしれませんが、何不自由ないように見えても、そこに自分自身の選択がなければ、快適な状況だと言えないようです。

選択できることは生きること

ここまでは動物の観察からわかったことを紹介してきましたが、人間に対して行われた実験も紹介していきます。
心理学者のエレン・ランガーとジュディス・ローディンは、老人ホームで自己決定権に関する実験を行いました。2つの階の入居者に対し、以下のように別々に説明を行いました。

A階:1人ずつに鉢植えを配る。鉢植えの世話は看護師がしてくれる。
   木曜日と金曜日に映画を上映するので、どちらかの日に見られるように日程を組む。

B階:好きな鉢植えを自分で選んでもらう。鉢植えの世話は各自でする。
   木曜日と金曜日に映画を上映するので、どちらの日に見ても良い。

この他にも、B階の入居者には、生活面で自己決定を促すような言い方をし、「楽しく過ごせるかは入居者次第」であることを強調しました。
説明は少し違いますが、職員はどちらの階の入居者も同等に扱い、同じように世話をしました。
3週間後、B階の入居者はA階に比べて、満足度が高く、生き生きとしていました。
さらに、A階の入居者は70%以上が健康状態の悪化が見られたのに対し、B階の入居者はその90%以上に健康状態の改善が見られました。半年後の調査では、A階の入居者よりも、B階の入居者の死亡率の方が低いという結果も出ました。

A階の入居者も、B階の入居者も、受けるサービスは同じですが、B階の入居者は「鉢植えを選ぶ」「鉢植えの世話は自分でする」「映画を木曜日と金曜日のどちらの日に見ても良い」というように、選択の余地が多くなっています。

このことから、選択肢を持ち、自己決定権があると認識することは、生きることと密接につながっていることがわかりました。

選択肢を増やすには

ここまでは選択とモチベーションの関係を紹介してきましたが、選択ができるようにするのはどうすればよいのでしょうか?
その答えは容易ではないですが、「7つの習慣」で紹介されているように、「主体的な言葉」に言い換えることがヒントになるかもしれません。
つまり、周囲の状況で「自分はできない」と考えるのではなく、「これができる」と考えることが大切です。

「7つの習慣」については、下記の記事もご参照ください。

1シーナ・アイエンガー (著)、櫻井祐子(翻訳)『選択の科学』文藝春秋、2010年、29頁。