なぜ当時最高峰の情報技術・Winnyは違法ソフトの代表例となってしまったのか?~今あらためて、Winnyの技術とWinny事件を考える~

2023年5月31日

動画でも解説しています

今回のWinny事件については、動画でも解説していますので、ぜひご覧ください。

Winnyとは?

Winny(ウィニー)は、日本のP2Pファイル共有ソフトウェアの1つで、2002年に金子勇によって開発されました。Winnyは、2000年代の日本国内で最も普及したP2Pファイル共有ソフトウェアの1つで、ユーザーは100万人いたといわれています。

このWinnyを「日本のインターネットの父」と呼ばれる村井純が「ソフトとしては10年に一度の傑作」と称賛するなど[1]城所岩生『国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』みらい新書、2023年、51頁。、その技術は当時としても最先端を行くものでした。

しかし、現在では、このWinnyを「違法ソフトの代表例」と考える人も少なくないと思われます。
その印象を植え付けたのが、2004年に発生した「Winny事件」です。
この事件により、開発者である金子勇が逮捕され、2006年に当時の官房長官であった安倍晋三が利用自粛を呼びかけるなどした結果、「Winny = 違法ソフト」という印象が確立してしまいました。

なぜ、Winnyは違法ソフトの代表例というイメージがついてしまったのでしょうか?
今回はあらためてWinnyの技術とWinny事件について考えていきます。

Winnyの技術

上述のとおり、Winnyの技術は、発表された2002年当時でいえば最先端のものでした。
ここからは、そのWinnyがどのような技術であったのかを紹介していきます。

P2Pの技術

P2P(ピア・ツー・ピア)のイメージ画像

P2Pの概要

Winnyの技術を知ることは、P2P(ピア・ツー・ピア)を知ることにつながります。
そのため、まずはP2Pについて解説していきます。

P2Pは、「ピア・ツー・ピア」の略称で、直訳すると「対等な者同士」を意味します。P2Pは、コンピューターやネットワークの分野で使われ、ユーザー同士が直接通信することができるシステムを指します。

P2P型とクライアント・サーバー型との違い

P2Pの特長は、クライアント・サーバー型のシステムと対比すると理解しやすくなります。

P2P型とクライアント・サーバー型との違いのイメージ画像①

P2Pとクライアント・サーバー型システムの違いは、情報の配信方法にあります。
クライアント・サーバー型システムは、中央にあるサーバーがデータやサービスを提供し、複数のクライアントがそのサーバーに接続して情報を受け取ります。
この場合、クライアントはサーバーに対してリクエストを送信し、サーバーはそのリクエストに応じてデータを返します。

Youtubeの仕組みのイメージ画像

たとえば、YouTubeはクライアント・サーバー型システムの動画サイトです。
動画を投稿するユーザーはYouTubeが持つサーバーに動画をアップします。動画を見たいユーザーは、サムネをクリックするなどして、YouTubeに見たい動画をリクエストし、YouTubeはそのリクエストに応じて動画を表示します。

一方、P2Pシステムでは、すべてのユーザーが同等な役割を持ち、各ユーザーがデータを持っている場合には、直接通信してデータを共有します。P2Pシステムでは、これらのユーザー(あるいはコンピュータやデバイス)のことを、「ノード(Node)」と呼びます。「ノード」は「節」という意味ですが、P2P型のネットワークでは、参加者全員が何かしらの「節」になっているということを意味しています。

P2Pの代表例としては、Skypeがあげられます。Skypeはどこかのサイトで不特定多数のユーザーに通信を依頼するのではなく、特定のユーザーと通信をしようとします。

P2P型とクライアント・サーバー型との違いのイメージ画像②

クライアント・サーバー型とP2P型の違いを「みんなで本を共有する仕組み」で考えると、中央サーバーとして「図書館を建てよう」というのがクライアント・サーバー型の仕組みで、「みんなで連絡をとって、もってる本を貸し借りしよう」というのが、P2P型の仕組みです。

P2Pのメリット

クライアント・サーバー型でトラブルがおこったイメージ画像
P2Pでトラブルがおこったイメージ画像

クライアント・サーバー型システムは、1つの中央サーバーが全体を管理する方式であり、P2Pシステムは、分散型のノード同士が直接通信する方式です。
このため、P2Pシステムは、単一の障害点が存在せず、スケーラビリティが高いという利点があります。
つまり、「サーバーが落ちているからサービスが利用できない」という現象が、P2Pでは発生しません。

P2P型とクライアント・サーバー型との違いのイメージ画像③

また、ユーザーが多くなった場合、クライアント・サーバー型では中央のサーバーを強化しなければなりませんが、P2Pではノードが増えるだけなので、拡張も簡単です。

P2Pのデメリット

上記のように、クライアント・サーバー型に比べて、P2Pはさまざまなメリットを持っています。
一方で、不特定多数のユーザーが参加した場合に、どのようなネットワークを構築するかに気を配らなければ、P2Pは使い物になりません。

たとえば「何かの動画を見たい」という場合、クライアント・サーバー型であれば、中央のサーバーに見たい動画をリクエストするだけで済みます。
しかし、P2Pでは、参加している不特定多数のユーザー、つまり大量のノードの中から、どのノードが見たい動画のデータを持っているのかを探さなければなりません。

また、今でこそ「P2P技術は匿名性が高い」というイメージがありますが、必ずしもそういうものではなく、ユーザー同士が通信するため、匿名性が低い技術であるともいえます。
そのため、匿名性を高くするために、どのような処理をすればよいのかも考えなければなりません。

Winnyの特徴

ここまではP2Pについて紹介してきましたが、その内容をふまえて、Winnyの特徴を解説していきます。
開発者である金子勇は、Winnyの特徴を以下のようにまとめています。

  • 匿名性(プライバシーの保護)を実装したファイル共有ソフトであること
  • ファイルの共有効率がよいこと
  • Windowsネイティブプログラムであること

金子は当時流行っていたP2P系のファイル共有ソフトであるFreenetの仕組みをさらに発展させた姿として、各ノードのリクエストを受け取るプロキシサーバーを使用し、匿名性とファイル共有効率を高めました。
プロキシサーバーとは、この場合はクライアント・サーバー型の中央サーバーのような役割を持たせ、ファイルの検索をしやすくし、「どこのノード(ユーザー)から取得したファイルなのか?」をわかりにくくしています。

また、Windowsパソコンで高速に動かせるよう、Visual C++を使って開発しているというのも特徴です。
C++は低水準言語と呼ばれます。「低水準」というのは機械語に近いことを指しており、低水準言語で開発されたプログラムはコンピュータの処理が早いものの、開発が難しいとされています。

天才プログラマー・金子勇

金子勇のインタビュー写真(Winny開発者・金子勇氏 最高裁判決後の緊急記者会見【2011年12月20日】 - YouTubeより)
金子勇のインタビュー写真(Winny開発者・金子勇氏 最高裁判決後の緊急記者会見【2011年12月20日】 – YouTubeより)

ここまでは、Winnyがどのような技術であったのかを解説していきました。
ここからは、このWinnyを作った金子勇がどのような人物であったのかを紹介していきます。

金子勇誕生

金子勇は1970年7月19日に栃木県で生まれました。
小学校のころにプログラムに出会い、プログラミングの道へ進みます。
金子は茨城大学工学部情報工学科に進学、博士課程まで進み、スーパーコンピュータを使ったシミュレーション環境の構築という、難しい分野の研究をしていました。

未踏ソフトウェア創出事業で注目

そんな金子の実力が広く知られるようになったのが、2001年の経済産業省「未踏ソフトウェア創出事業」でした。
この事業を通じて、金子のプログラミング速度が注目され、2002年には東京大学の特任助手に採用されます。

変人・金子勇

未踏ソフトウェア創出事業を通じて、金子が「介護用ベッドで寝て、起きて介護用ベッドを起こしてプログラミングして、そのまま8時間寝る」というスタイルもあわせて広まりました。
後年、金子自身の著作である『Winnyの技術』の著者紹介では「これは東急ハンズで買ったものであり、よく噂されているような介護用ベッドではない」と噂の修正をしようとしています。
ただし、リクライニングベッドで一日中プログラミングをしていることは金子自身も認めるところで、趣味は暇プロ、つまり趣味でもプログラミングをしており、キーボードを抱えたまま就寝するような生活でした。

偏食でもあり、後年金子が逮捕された際、弁護団の事務局長を務める壇俊光は、①辛くない、②熱くない、③食べにくくないという金子のご飯三原則を著書『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』の中で紹介しています[2]壇俊光『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』インプレス NextPublishing、2020年、58頁。

『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』からは、興味のあることについては目を輝かせて質問するも、興味の無いことにはまったく興味がない金子の性格を知ることができます。

ブロードバンド環境を活かしてWinnyを開発

金子は東大の特任助手に採用された後、ブロードバンド環境のあるマンションに引っ越します。
当時はまだダイアルアップ接続が多かった時代、せっかくのブロードバンド環境を使って何か面白いツールが作れないかと金子が考えた結果がWinnyでした。

金子は2002年4月1日に、大型電子掲示板・2ちゃんねるでWinnyの開発を宣言、同年5月6日には試作版をリリースし、2ちゃんねるのユーザーの意見も聞きながら改良していきます[3]『Winnyの技術』49頁。
「Winny」の名前は当時普及していたP2Pのファイル共有ソフト「WinMX」の「MX」をアルファベット順に1文字ずつずらしてつけたと言われています。
Winnyは爆発的にユーザーを獲得し、100万人がWinnyを使っていたといわれています。

金子は2003年4月9日にはP2Pの技術を使った掲示板(BBS)であるWinny2の開発に乗り出しますが、開発が難航する中、2003年11月27日に京都府警が金子の自宅を家宅捜索し、2004年5月10日には金子が逮捕されます。

そのため、Winnyはそれ以上手を加えることがゆるされず、Winny2は「Winny2 β 7.1」というベータ版までの開発にしか至りませんでした[4]金子勇『Winnyの技術』アスキー、2005年、48頁。

Winny事件

Winny事件の詳細は弁護団の事務局長を務めた壇俊光の『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』にまとめられています。この事件は2ちゃんねるのユーザーから保釈金や裁判に使うお金として支援金が多く集まったことや、裁判中にWinnyを確認しようとしたところ、画面いっぱいに「カプセルマン」を名乗るユーザーのファイルが広がったことなど、面白いエピソードに事欠きません[5]前掲『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』21~23頁及び79~82頁。
しかし、これらのすべてを紹介することはできないため、以下の点に的を絞って解説していきます。

  • なぜ金子勇は逮捕されたのか?
  • 何が争点になっていたのか?
  • なぜWinnyは悪者になったのか?
  • Winny事件の判決
  • Winny事件の影響

なぜ金子勇は逮捕されたのか?

2003年11月27日、Winny2のBBS上で、著作物の放流を予告し、Winny2で映画を公開した2人が逮捕されます。これにより、同日金子も家宅捜査を受けることになります。

そして、2004年5月10日に金子は「著作権法違反幇助の罪」で逮捕されます。「幇助」というのは、手助けをしたということですが、Winnyを開発し、著作権法違反を手助けしたというのが、金子が逮捕された理由です。

弁護団の事務局局長を務めることになる壇は、2003年11月27日にWinnyを使って映画を公開した2人が逮捕された報道を聞き、サイバー法の懇親会で「正犯を弁護する気はないけど、もし開発者が逮捕されたら全力でやりますよ」と言っていたことがきっかけで、金子の弁護をすることになります。
壇は事務局長として弁護団たちの調整をしながら、変人・金子勇のマネジメントをして、裁判に臨みます。

金子の自宅を捜査し、逮捕した京都府警は1999年にサイバー犯罪対策課の前身となる部署を設置します。しかし、この部署が大きな成果をあげられないまま、2004年3月に、京都府警の警察官が仕事で使っていたパソコンがコンピュータウイルスに感染し、Winnyネットワークで捜査情報が漏洩するという事件が発生しました。

そのため、壇は「鳴り物入りの部署設置後、泣かず飛ばずであった京都府警サイバー犯罪対策課が、日本で目立った存在であった『金子 勇』という男の立件に目をつけたのは、ある意味必然だったのかもしれない」と述べていますが[6]前掲『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』13頁。、京都府警の情報漏洩と金子の逮捕が結びついているかどうかは定かではありません。

何が争点になっていたのか?

金子勇の逮捕は「Winny事件」と呼ばれていますが、この事件の特徴の1つが刑事事件であることです。
たとえば、現在YouTubeなどに他者の著作物をアップし、裁判になった場合は、著作権の所有者と侵害者が争う民事事件になります。

しかし、このWinny事件は「犯罪を手助けした」ということを理由に警察が逮捕し、裁判になった刑事事件で、検察と金子の弁護団が争う形になっています。
そのため、このWinny事件は「金子が犯罪を手助け(幇助)したのかどうか」が争点だった裁判でした。

しかし「犯罪を手助けした」というのは、どのように立証すればよいのでしょうか?
裁判の中で弁護側の証人となる日本のインターネットの父・村井純は「その理屈だったら、日本にインターネット引いてきた俺が幇助じゃん」と言うように、「犯罪者が使っていたツールの開発者であるから犯罪幇助」という図式ができてしまえば、ありとあらゆる人物が逮捕されてしまいます。

そのため、Winny事件において検察側は、金子が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させようと積極的に意図していたと強調します。つまり、「開発者の金子は違法コピーをまん延させる目的でWinnyを作った」というのが、検察側の主張です。

それに対して弁護団側は、Winnyは新しい技術で開発者の想定外の使われ方をしてしまったけれども、金子自身に違法コピーをまん延させる意図はなかったと弁護します。

なぜWinnyは悪者になったのか?

このWinny事件では、検察側が金子を諸悪の根源であるというイメージを作ろうとしたため、金子に対するネガティブな報道が多数なされました。
また、金子が逮捕され、Winnyに手を加えることを禁じられたため、Winnyは違法コピーなどの対策が行えず、無法地帯と化してしまいます。
そうした中で、2006年に当時の官房長官であった安倍晋三から利用自粛要請が出たことにより、Winnyは違法ソフトの代名詞のような扱いになってしまいました。

Winny事件の判決

第一審の判決

2006年、Winny事件の第一審、京都地方裁判所の判決は金子に対して罰金150万円でした。
この判決に至った理由を、壇は以下のようにまとめています[7]前掲『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』112~113頁。

第一審判決の要約
  • 被告人(金子)が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させようと積極的に意図していたとする部分については、その供述に信用性は認められなかった
  • しかし、ファイル共有ソフトの92%は著作権侵害に使われており、Winnyもファイル共有ソフトであるから、著作権侵害幇助である

この判決には検察側も弁護側も反発します。
検察としては懲役刑が妥当だと考えており、弁護側も「意図していたとする部分については、その供述に信用性は認められなかった」のであれば、無罪であると考えたからです。

大阪高裁の判決

双方控訴により、次は大阪高等裁判所で争うことになりますが、2009年の大阪高裁の判決は無罪でした。
これに異を唱えた検察側は上告し、最高裁判所で争おうとします。

最高裁の判決

しかし、2011年に最高裁はこの上告を棄却します。つまり、最高裁は大阪高裁の意見と同じであり、金子は無罪という判断をしました。

米国弁護士の城所岩生は著書『国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』の中で、最高裁の判決を以下のようにまとめています[8]前掲『国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』50頁。原文はhttps://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/846/081846_hanrei.pdfから閲覧可能。

本件において、権利者等からの被告人への警告、社会一般のファイル共有ソフト提供者に対する表立った警鐘もない段階で、法執行機関が捜査に着手し、告訴を得て強制捜査に臨み、著作権侵害をまん延させる目的での提供という前提での起訴に当たったことは、……性急に過ぎたとの感を否めない。

「性急に過ぎたとの感を否めない」という言葉が、このWinny事件の問題を端的に表している言葉です。

Winny事件の影響

Winny事件が発生したことにより、「P2Pの技術 = 違法ファイルの共有ツール」というイメージが強くなってしまいました。
さらに、P2P技術への国の予算がつかなくなり、開発者もグレーゾーンのある技術に対して、消極的になってしまいました。

また、P2Pの技術を開発する場合は、海外で発表しようとする雰囲気も生まれてしまい、日本のP2P技術は後れをとってしまいました。

その後の金子勇

その後、金子は周囲の尽力で再び東京大学で働くようになります。
しかし、2013年7月6日、突然この世を去ります。
無罪を勝ち取ってから約2年後、研究者として復帰してから半年後のことでした。

Winny事件の間、2005年に動画共有サイトのYouTubeが誕生し、P2Pを使ったLINEが2011年に誕生しました。

参考

  • 金子勇『Winnyの技術』アスキー、2005年
  • 城所岩生『国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』みらいパブリッシング、2023年
  • 壇俊光『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』インプレス NextPublishing、2020年

1城所岩生『国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』みらい新書、2023年、51頁。
2壇俊光『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』インプレス NextPublishing、2020年、58頁。
3『Winnyの技術』49頁。
4金子勇『Winnyの技術』アスキー、2005年、48頁。
5前掲『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』21~23頁及び79~82頁。
6前掲『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』13頁。
7前掲『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』112~113頁。
8前掲『国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか』50頁。原文はhttps://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/846/081846_hanrei.pdfから閲覧可能。