ステークホルダー・エンゲージメントの計画の概要
ステークホルダー・エンゲージメントの計画とは、特定されたステークホルダーのニーズ、期待、関心、要求事項、そしてプロジェクトに与えうる潜在的な影響力に基づいて、彼らと効果的に関わり、協働するための実践的な戦略を策定するプロセスです[1]Project Management Institute, Inc., The Standard for Project Management and A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) – Eighth Edition, 第2部 … Continue reading。
このプロセスの主な利点は、ステークホルダーと建設的に相互作用するための実行可能で具体的な計画(Actionable Plan)が手に入ることです。「関係者とうまくやろう」という心構えではなく、誰に・いつ・どう関わるかを書き出した計画にまで落とし込む、というのがポイントです。
なお、この計画はプロジェクトの初期に策定して終わりではありません。環境の変化、フェーズの移行、新しいステークホルダーの出現に応じて、プロジェクト全体を通じて定期的にレビューし、更新していくものとされています。
なぜこの計画が必要なのか
「日本のITプロジェクトはメテオフォール型だ」というジョークを耳にすることがあります。どれだけ順調に進めていても、クライアント側の上位者の一言でプロジェクトがひっくり返されてしまう現象を皮肉ったものです。
こうしたトラブルを未然に防ぐために、「どういう方針でステークホルダーと協力しながら進めるか」をあらかじめ考えておくのが、このプロセスの役割です。
このプロセスのインプット
計画を立てるにあたって、次の情報をインプットとして使います。
プロジェクト憲章
プロジェクトの目的や、初期の制約条件が示されています。
プロジェクトマネジメント計画書
- 資源管理計画書:チームや物的資源をどう管理するかの方針
- コミュニケーション管理計画書:情報伝達の基本ルール
- リスク管理計画書:リスクのしきい値やアプローチ
プロジェクト文書
- ステークホルダー登録簿:誰がどんな期待を持っているかを把握するための、最も重要なインプット
- 前提条件ログ、変更ログ、課題ログ、プロジェクトスケジュール、リスク登録簿
合意書
外部ベンダーやパートナーとの契約条項です。契約上どこまでを依頼しているかは、関わり方を決めるうえで前提になります。
組織体の環境要因(EEF)・組織のプロセス資産(OPA)
組織の文化や政治環境、既存のコミュニケーションチャネル、過去の類似プロジェクトのテンプレートや教訓が該当します。
「誰がステークホルダーか」は、進めながら増えていく
インプットを見ていく際に意識したいのは、ステークホルダーは固定ではないということです。
プロジェクトメンバーの上司や、最終的にプロダクトを使うユーザーのように、開始直後から明らかな人もいます。一方で、資源管理の計画やリスク管理の計画を立てる過程で、新たに加わってくる人もいます。たとえば、それまで関わっていなかった部署のスタッフが参画することになれば、その部署の関係者も新しいステークホルダーになります。
だからこそ、作成した資料や文書を見ながら「今のステークホルダーは誰か」を繰り返し考えていく必要があります。
ツールと技法
インプットが揃ったら、次のようなツールで戦略を組み立てます。
専門家の判断
組織構造や、ステークホルダー同士の人間関係・力学に精通した有識者の知見を活用します。
データ収集:ベンチマーキング
他の成功しているプロジェクトや、業界のベストプラクティスと比較して、自分たちの関わり方を見直します。
データ分析
- 前提条件・制約条件分析:どんな前提のもとで関係者を捉えているかを洗い出します
- 根本原因分析:ステークホルダーの不満や抵抗の背景にある、本当の理由を特定します
とくに根本原因分析は実務で効きます。表面的には「予算が理由で反対している」ように見えても、掘り下げると「自部門の業務フローが変わることへの不安」が本当の理由だった、ということはよくあります。表に出ている反対理由に対応しても、根っこが残っていれば抵抗は続きます。
意思決定:優先順位付け/順位付け
すべてのステークホルダーに同じだけの労力をかけることはできません。どこから手をつけるかを決めます。
データ表現
- マインドマッピング:関係性を整理する
- ステークホルダー・エンゲージメント評価マトリックス(ステークホルダー関与度評価マトリックス):現状とあるべき姿のギャップを可視化する
会議
戦略をブレインストーミングし、チームで合意を形成します。
ステークホルダー・エンゲージメント評価マトリックスの使い方

このプロセスで最も実用的なツールが、ステークホルダー・エンゲージメント評価マトリックスです。各ステークホルダーの「現在の関与レベル」と、プロジェクトを成功させるために「必要な関与レベル」を比較するグリッドです。
5つの関与レベル
PMBOK第8版では、関与度を次の5段階に分類します。
| レベル | 状態 |
|---|---|
| 不案内(Unaware) | プロジェクトとその影響について、何も知らない |
| 抵抗型(Resistant) | プロジェクトは認識しているが、変化に反発しており非協力的 |
| 中立(Neutral) | 認識しているが、支持も反発もしない |
| 支持型(Supportive) | 認識しており、仕事や成果を積極的に支持している |
| 先導型(Leading) | 深く認識しており、成功させるために自ら主体的に行動している |
現状(C)とあるべき姿(D)のギャップを見る
使い方はシンプルです。評価シート上で、各ステークホルダーの現在の状態を「C」(Current)、プロジェクトの成功のためにあるべき状態を「D」(Desired)としてプロットします。
たとえば、ある重要な部門長が現在「抵抗型」だとします。プロジェクトを円滑に進めるには、最低でも「中立」、できれば「支持型」に移ってもらう必要があるでしょう。この場合、抵抗型の欄に「C」、支持型の欄に「D」を置きます。
この「C」と「D」の間の距離こそが、これから埋めるべき課題であり、エンゲージメント活動の焦点になります。
このツールが優れているのは、全員を「先導型」にしようとしなくてよい、と教えてくれる点です。相手によっては「中立でいてくれれば十分」というケースもあります。どこまで動いてもらう必要があるのかを見極めることで、限られた労力を必要な場所に集中できます。
アウトプット:ステークホルダー・エンゲージメント計画書
このプロセスの主要な成果物が、ステークホルダー・エンゲージメント計画書です。
プロジェクトの意思決定や実行において、ステークホルダーの生産的な関与を促すための戦略とアクションを定義した計画書で、特定の個人やグループに「いつ」「どのようなタイミングで」「どう関与してもらうか」というロードマップが示されます。
一般的には、次のような内容を盛り込みます。
- ステークホルダー登録簿の情報(誰が、どんな役割と影響力を持っているか)
- エンゲージメント評価マトリックス(現状とあるべき姿のギャップ)
- 関与の方法(どの程度の頻度で報告するか、どんな周期で計画を見直すか など)
フォーマルにもインフォーマルにもできる
押さえておきたいのは、この計画書の形式が固定されていないことです。プロジェクトの規模やステークホルダーの複雑さに応じて、厳格な正式文書から、簡易なメモ書きまで柔軟にテーラリングしてよいとされています。
小規模なプロジェクトで分厚い計画書を作る必要はありません。「誰に、どのくらいの頻度で、何を伝えるか」がチーム内で共有できていれば、まずは十分です。
なお、この計画書は、情報伝達の方法を定めたコミュニケーション管理計画書と、1本の糸のように密接に連動して機能します。片方だけを作っても、うまく回りません。
このほか、プロジェクトスケジュールやリスク登録簿といったプロジェクト文書も、必要に応じて更新されます。
まとめ
ステークホルダー・エンゲージメントの計画は、「関係者とうまくやる」という漠然とした心構えを、実行できる計画に変えるプロセスです。
とくに、5つの関与レベルを使って現状(C)とあるべき姿(D)のギャップを可視化する手法は、規模の大小を問わず使えます。全員を熱心な支持者にする必要はない、必要なところまで動いてもらえればよい——そう割り切れると、限られた時間の使い方がはっきりしてくるはずです。
注
| ↑1 | Project Management Institute, Inc., The Standard for Project Management and A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) – Eighth Edition, 第2部 セクション2.5.2.2(71-72頁)、第4部「Inputs and Outputs」(737頁、741頁など)、第5部「Tools and Techniques」(200-201頁)より要約・翻訳。以下、PMBOK第8版(英語版)と略記。 |
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