ビール・ゲームとは何か?システム思考を学べるシミュレーションゲームを紹介
ビール・ゲームの概要
ビール・ゲームは1960年代にマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院にて考案されたシミュレーションゲームです。
ゲームの参加者は1つの複雑なシステムにおける意思決定を分担し、参加者同士の圧力を相互に感じながら自らの意思決定を遂行するロールプレイングを行います。
「システム構造が行動を生む」というシステムダイナミックスの大原則とシステム思考を学習することがこのビール・ゲームの目的です。
ビール・ゲームの遊び方
ここからはビール・ゲームの遊び方を説明します。
ゲームの目的
ビール・ゲームはチーム対抗戦です。
各チームは適切な在庫量を管理し、品切れを起こさないようにビールを流通させることを目指します。
ゲームのプレイヤー
1チームの最少人数は4人で、各プレイヤーには「工場」「一次卸」「二次卸」「小売店」の各拠点の責任者の役割が与えられます。「店長」や「工場長」などをイメージすると良いでしょう。
各役割を2人1組や3人1組にして実施することも可能です。また、人数が揃わない場合は、卸業を1つにしても良いでしょう。
一度にゲームできる最大人数は20人程度です。
プレイヤーのほか、顧客として小売店への注文量を決め、全体の進行を管理するゲーム・リーダーがいます。
ゲームの準備
ゲームにはビール・ゲーム盤を使用します。
ビール・ゲーム盤には右から「工場」「一次卸」「二次卸」「小売店」が並び、ビールの流れ(ものの流れ)と情報の流れ(発注の流れ)が示されています。
これは「工場」で生産されたビールが「一次卸」、「二次卸」を経て「小売店」へ届くサプライチェーンの流れを示しています。
ビールはコインやトークンを使い、発注はカードや付箋を使います。
ゲームの流れ
- ゲームは1週1ターンで50週分実施します。
- 毎週顧客(ゲーム・リーダー)から小売店に注文が入ります。
- 「工場」や「一次卸」などの各拠点はビールが在庫切れしないように注文数を決定して、情報の流れに沿って次の拠点に発注します。
- 発注では次の拠点に情報が届くまでに2週間を要します。
- 注文をもとに工場はビールを生産します。生産されたビールは各拠点を経て小売店に配送されます。
- ビールの各拠点への配送には2週間を要します。
- 各拠点は在庫と、注文に応じられなかった受注残を毎週記録シートに記入します。
ゲームの注意事項
- 発注の情報は公開されておらず、発注数が記されたカードを受け取った時にはじめて明らかになります。
- 各プレイヤーがコミュニケーションを取ることは禁止です。実世界ではお互いに他人の活動は分からないためです。
- 発注数をもとに工場はビールを生産します。
- 各役割が複数人の場合は、同じ役割の中でコミュニケーションを取ることは可能です。
- ビール・ゲーム盤を見渡すことは許可されています。
- 「小売店」だけが顧客の受注量を知ることができます。
- ゲーム開始直後は、すべての拠点でビールを4コイン分注文し、ビールが4コイン分配送されている状態です。
- ゲーム・リーダーは顧客として小売店に注文しますが、ゲーム開始当初は一定の数字で注文し、5週目あたりから変化をつけて行くと良いでしょう。多くの場合、発注数を徐々に増やし、ある時期を境に最初の発注数に戻るようにします。
ゲームの勝敗
チームの勝敗は各チームの総費用によって決まります。
ゲーム終了時に毎ターン記録していた在庫と受注残を見返し、在庫費用1ケースあたり0.5ドル、受注残費用1ケースあたり1ドルとして全週の費用を計算します。
計算して求めた総費用が最小のチームが勝利チームとなります。
ゲーム終了時点の50週目の在庫と受注残を少なくすれば良いわけではなく、全期間での総費用となるので注意が必要です。
さらに詳しく知りたい場合は
ビール・ゲームについてより詳しいルールを知りたい場合は、島田俊郎編の『システムダイナミクス入門』や下記のページをご覧ください。
System Dynamics Society社からビール・ゲームを遊べる「Production-Distribution Game: The Beer Game」が発売されていますが、入手は困難です。
ビール・ゲームの教訓とシステム構造
ビール・ゲームの目的
ゲームとしての設計が十分とは思えない部分もあり、ビール・ゲームは「人生ゲーム」などのパーティー・ゲームとは異なって「遊んでいてとても面白い」というゲームではありません。
しかし、ビール・ゲームを遊ぶ意図はみんなで楽しい時間を共有することではありません。このゲームを通じ、システムの欠陥や意思決定の困難さを学ぶことが、ビール・ゲームを遊ぶ最大の目的です。
ビール・ゲームの典型的な失敗事例
実際にビール・ゲームを遊ぶと、多くの場合以下のように展開していきます。
小売店の客であるゲーム・リーダーがある時から発注数を増やします。
ビールの注文が増えたのを見て、小売店は品切れを防ぐために一次卸への発注量を増やします。
しかしながら、その発注が二次卸へと伝わり、二次卸が工場へ発注する時期と、工場でビールが生産され小売店まで届くまでには時差が生じます。
そのためしばらく欠品となり各拠点で受注残が増えます。
その後在庫が増えて小売店の客はビールを買えるようになります。しかし、この状況でゲーム・リーダーである小売店の客が発注数を減らしていくとどうなるでしょうか?
発注量を増やした時と同様、ビールの発注が工場に届くまでには時間がかかるため、工場での生産量は増えたままです。
小売店では販売量よりも入荷量が増えるようになり発注量を減らしますが、卸売業者が発注を減らす時期に時差があります。
これによりビールの販売量が減ったにも拘わらず、生産されるビールは多いままになり、小売店も卸売業者も在庫を大量に抱えることになります。
システムとしての欠陥を知る
この結果から、それぞれが自分の役割において最適な意思決定を行っても、全体としては最善にはならないということが分かります。この状況は「限定合理性」や「部分最適化」と呼ばれます。
また、各チームの役割ごとに記録シートの内容をグラフにして比較すると、全体の挙動のパターンは全チームともによく似ていることも見て取れるでしょう。
これはほとんどの人が置かれた環境(構造)によって同じように行動を起こすことを意味します。
多くのプレイヤーは受けた注文を次の拠点に発注したにすぎないのですが、それが限定合理性につながり、システムの機能不全を起こしてしまいます。
ビール・ゲームの教訓
以上のことから、人の行動は置かれた構造によって影響を及ぼされること、問題の解決のためにはシステムの全体像から構造を理解して変革していくことが重要であることをビール・ゲームを通じて学ぶことができます。
「学習する組織」の教材として
「学習する組織」の提唱者であるピーター・センゲは、著作の『学習する組織』の中でビール・ゲームを紹介しています。
プレイヤーはビール・ゲームを通じて、チームとしての意思決定の困難さを学び、システムの欠陥を体感することができます。
また、注文過剰に問題が発生すると往々にしてプレイヤーは他のプレイヤーの責任にしてしまいます。そのため、お互いからの学習が阻害されるという「学習障害」もビール・ゲームで知ることができます。
参考
- ピーター・M・センゲ(著)、枝廣淳子・小田 理一郎・中小路 佳代子(訳)『学習する組織――システム思考で未来を創造する』英治出版、2011年
- 島田俊郎(編)『システムダイナミックス入門』日科技連出版社、1994年