ホワイトカラーによるサボタージュ戦略 ~『サボタージュ・マニュアル』から人間の負の側面を考える~
OSSの『サボタージュ・マニュアル』とは何か?
OSSが作成した『サボタージュ・マニュアル』とは、一般市民向けのレジスタンス活動支援マニュアルで、1944年1月にOSS長官であったドノバン少将名で公開されました[1]米国戦略諜報局(OSS)、越智啓太(監修・翻訳)、 … Continue reading。
OSSはアメリカのCIAの前身である米国戦略諜報局(Office of Strategic Service)のことであり、れっきとした諜報機関です。
そのOSSは敵国(第二次世界大戦当時の枢軸国)の組織を機能不全にするために、『サボタージュ・マニュアル』を作成しました。
その内容はいたずらに見える活動も少なくないのですが、「悪質ないたずら以上のものであり、一貫して、敵の資材や労働力に対して弊害をもたらす行為」をまとめています[2]前掲『サボタージュ・マニュアル』78頁。。
ホワイトカラーによるサボタージュ戦略
『サボタージュ・マニュアル』は作業現場の労働者(ブルーカラー)に対して、どのような活動ができるかを多岐にわたって紹介しています。ブルーカラーに比べて、ホワイトカラーができるサボタージュ活動は多くはないものの、ないわけではありません。
日本語版の『サボタージュ・マニュアル』を監訳した越智啓太は、本書からホワイトカラーによるサボタージュの方法を以下のようにまとめています[3]前掲『サボタージュ・マニュアル』17頁。。
- 形式的な手順を過度に重視せよ
- ともかく文書で伝達して、そして文書を間違えよ
- 会議を開け
- 行動するな、徹底的に議論せよ
- コミュニケーションを阻害せよ
- 組織内にコンフリクトをつくり出せ
- 士気をくじけ
ここからは、これらのサボタージュ戦略の意図を解説していきます。
形式的な手順を過度に重視せよ
形式的な手順を過度に重視すると、組織は「官僚制の逆機能」を引き起こします。
官僚制の逆機能とは、行政機関や官庁が本来の目的や効率的な機能を果たす代わりに、不必要な複雑さや遅延、無駄な規制を生み出す現象のことです。
つまり、官僚制の逆機能が発生すると、その組織で働く人は目的のために何かしらの手順を守るのではなく、手順を守るために何かをするようになります。
「どんな些細な物品の購入も課長と部長と社長の承認が必要」「さらに、承認を得る順番も決まっている」というような形式的な手順を隅々にまで適用することによって、組織は変化に弱い、硬直的な体制になります。
ともかく文書で伝達して、そして文書を間違えよ
形式的な手順の代表例が文書による情報の伝達です。
文書作成自体にはメリットもありますが、文書主義に陥り、過度にペーパーワークを増やすことはスタッフの時間を奪っていきます。
さらに、すべての情報伝達が文書になっている中で、文書を間違えれば、作業の手戻りや混乱をきたすことができます。
会議を開け
会議を開くことも、それ自体は悪いことではありません。
しかし、会議にはさまざまなデメリットもあるため、何事も会議を開いて決定していては、時間がかかってしまい、そこから得られる効果も期待できません。
会議のパフォーマンスを下げる要因には、人は会議で些末なものほど過剰に議論するという「パーキンソンの法則」、人数が多いとパフォーマンスが下がるという「集団思考」、「リンゲルマン効果」があります。
これらの内容については、下記の記事で解説していますので、ご参照ください。
行動するな、徹底的に議論せよ
会議のデメリットは先ほど紹介したとおりですが、これを徹底することで、組織としてのパフォーマンスを下げることができます。
そして、十分議論ができたと思われても、まだ議論が不十分だと主張し、懸念事項を徹底的に洗い出そうとすることで、組織を停滞させることができます。
「懸念事項をすべて洗い出す」というのは有効な活動にもみえます。
しかし、すべての事象が明らかになるわけではありません。また、情報収集とその分析にも時間がかかるので、ある程度議論を進めた後は、費やした時間に対して効果があげられないこともあります。
そのため、「徹底的に議論する」ということは、組織に無為に時間を使わせることにつながります。
コミュニケーションを阻害せよ
コミュニケーションを阻害することは、もっとも簡単に組織に負荷をかけられる方法です。
「内容がわからない」という理由で何度も説明を求めたり、情報伝達を間違えたりすることで、組織は混乱をきたします。
とくにそれが文書によるコミュニケーションであれば、二重三重に負担をかけることができます。
組織内にコンフリクトをつくり出せ
組織のコミュニケーションを停滞させるために、組織内にコンフリクト、つまり争いを引き起こすことも有効です。他者に対して怒りっぽくなり、言い争いを仕掛けると、組織のコミュニケーションは阻害されていきます。
また、人間は共通の敵がいれば組織の団結力を増すという傾向がありますが、それを逆手にとることも効果的です。
共通の敵が組織の外にある場合は、組織のパフォーマンスがあがりますが、共通の敵が組織内にいるとどうなるでしょうか?
人間は組織の外の敵よりも、組織の仲間外れをより憎むという「黒い羊効果」があります。
そのため、「仲間外れ」を組織内につくることによって、正常なコミュニケーションを阻害することができます。
士気をくじけ
組織の士気をくじく方法は多種多様にあります。
官僚制の逆機能が発生した組織は、その制度だけで働く人のやる気を削ぎますし、コミュニケーションが正常に行われない体制に嫌気がさす人も多いでしょう。
また、非効率的な作業員を厚遇し、効率的な作業員を冷遇することも効果的であると『サボタージュ・マニュアル』では紹介されています[4]前掲『サボタージュ・マニュアル』115頁。。
士気をくじくことのゴールは「学習性無力感」を引き起こすことです。
つまり、組織で働く人に「何をやっても無駄だ」と感じさせるようにしていきます。
なぜ、いま『サボタージュ・マニュアル』が重要なのか?
これまで紹介してきた方法により、組織のパフォーマンスを下げ、崩壊させることができます。
この『サボタージュ・マニュアル』が今日で重要な意味をもっているのは、同書で紹介されている方法が組織管理の戒めになるからです。
過度な文書主義や大量の会議などは、意識せずに経営者が実施していることが少なくありません。
組織を瓦解させないためにも、何が組織にとって問題なのかを知ることが大切ですが、『サボタージュ・マニュアル』は失敗事例としてそれを教えてくれます。