集合的無知とは何か?困っている人がいても集団だと助けられない現象(『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』より)

2023年7月13日

集合的無知とは

集合的無知とは、周囲に人がいる状況で起こる心理現象です。
たとえば、近くで悲鳴が聞こえた際に、もし周囲の人がなにもしなければ、緊急事態ではなく助ける必要はないのだ、と誤った判断をしてしまいます。これが集合的無知です。

集合的無知が働いてしまった事件に、ニューヨークで発生したジェノヴィーズ事件があります。
20代後半の女性であるジェノヴィーズは、深夜の仕事帰りに暴漢に襲われ、亡くなってしまいました。彼女は暴漢が襲ってきた際に、叫び声を上げており、近くのアパートに住む38人がその事態に気づいていました。

彼女は35分間にわたって、悲鳴を上げ、逃げ惑いました。しかし、アパートの住人たちは、窓からそれを見ていたにもかかわらず、警察に通報した人は1人もいませんでした。
後から話を聞かれた目撃者たちは、なにも行動を起こせなかった理由について「わかりません」と困惑しました。

この時、彼らは集合的無知によって、誰一人行動を起こせなかったと考えられます。

集合的無知が起こる要因2つ

集合的無知が起こる要因には、次の2つが挙げられます。

集合的無知が起こる要因
  • 責任の分散
  • 緊急事態なのかが曖昧

それでは、1つずつ詳しく見ていきましょう。

責任の分散

誰かが緊急事態に陥っている場面に遭遇した際、1人の時よりも複数の人が周囲にいる方が、助けに向かう可能性が低くなってしまいます。
なぜそんなことが起こってしまうのかというと、他にも助けられそうな人が周りに数人いれば、ひとりひとりの責任が分散されるためです。傍観者が他にもいることで、「自分が助けなくても誰かが助けるだろう」「もうすでに助けているかもしれない」と考えてしまいます。

責任の分散の代表的な実験に、このようなものがあります。
実験は、てんかんの発作を起こしたように見える大学生を、どれくらいの人が助けようとするかという内容です。

てんかんの発作が発生した場に1人がいあわせた場合、大学生は85%の確率で助けられました。一方、5人がいあわせた場合は、彼が助けられた確率は31%でした。
1人でいる時か複数人いる時かという状況の違いで、大きな差が出ています。

このような責任の分散によって行動しなかった結果、誰も助けることなくジェノヴィーズ事件のような悲劇につながってしまうことがあります。

緊急事態なのかが曖昧

もう1つの要因として、緊急事態であるかどうかに確信が持てず、行動を起こせない場合があります。
たとえば、夜中に道に倒れこんでいる人は、単に酔っぱらって眠っているのか、心臓発作なのか判断がつきません。他にも、隣の部屋で子どもが激しく泣いているのは虐待を受けているのか、ただ嫌なことがあって泣いているのかわかりません。

そういった時、私たちは周囲の人の行動を見て、ヒントを探そうとします。しかし、私たちが参考にしようとしている周囲の人も、実は私たちと状況はなにも変わらず、他の人の行動の中にヒントを探しています。
このように、他者の行動や意見を参考にして、自分の行動を判断する心理的な現象を社会的証明と呼びますが、社会的証明を探す際にも、人は周囲から落ち着いて見られたいと思うため、平然としているように装ってしまいがちです。
その結果として、誰もが慌てずに冷静にしているように見えてしまい、「緊急事態ではない」という誤った判断を下すことにつながります。

一方、緊急事態であることが明確な場合は、人は行動を起こすことがわかっています。
研究者たちはある実験で、補修係が事故に遭う場面を被験者に見せました。彼が傷ついて助けを求めていることが明白だった時、100%の確率で被験者から援助を受けました。さらに被験者(目撃者)が、1人であっても複数であっても関係なく、彼は高い確率で助けられました。
このことからも、緊急事態であることが明白かどうかが人々の判断に影響していると考えられます。

集合的無知は都会で起こりやすい

集合的無知は田舎よりも都会で発生しやすくなります。これには都会の特徴が関係しています。緊急事態に直面した時に、周囲の人が援助しない条件が揃ってしまっていることが原因です。

都会の特徴であり、人が援助しづらい条件を3つ見ていきましょう。

出来事の緊急性の判断がしづらい

都会では変化が激しく、注意が散漫になりやすい傾向があります。自分が遭遇した事態が、緊急性があるのか判断しづらく、結局行動を起こせません。

緊急時に周囲に人がいる可能性が高い

これまで見てきたように、人は1人でいあわせた場合と複数人でいあわせた場合では、1人の時の方が圧倒的に他者を助けようとします。
しかし、都会には人が多く、誰かの緊急事態に遭遇した際に周囲に複数の人がいる可能性が高いため、見過ごされてしまいやすくなります。

緊急時に周囲にいる人が見知らぬ人である場合が多い

同じ複数人がいる状況だったとしても、周囲に知り合いがいる場合と見知らぬ人ばかりの場合では、見知らぬ人同士の方が、緊急事態に直面した他者を「助けない」傾向があります。
これは「他人から冷静でしっかりした人だと見られたい」という無意識の気持ちや、知らない人の反応に慣れておらず、彼らの表情や反応をうまく読み取れないことから起きると考えられます。

都会ではほとんどの場合、知らない人同士がいあわせる状況になるため、「緊急事態ではない」という誤った判断がされやすくなってしまいます。

参考

  • ロバート・B・チャルディーニ(著)、社会行動研究会(翻訳)『影響力の武器[第三版]―なぜ、人は動かされるのか』誠信書房、2014年