社会的証明の原理とは何か?(『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』より)
社会的証明の原理とは
社会的証明の原理とは、他者の行動や意見を参考にして、自分の行動を判断する心理的な現象です。
私たちは、他の人が正しいと考えていること、あるいはやっていることを正しいと思う傾向があります。なかでも、どうすればよいのか確信が持てない時、人は周囲の人の行動を参考にして、自分の行動を決めようとします。
しかし、安易に社会的証明を使って自らの行動を決めてしまうと、不完全な証拠や意図的な証拠にだまされてしまうこともあります。
今回は『影響力の武器』をもとに、社会的証明の原理の具体例と活用方法を解説していきます。
社会的証明が活用された具体例
社会的証明は、私たちが意識していないだけで、日常生活のいたるところで活用されています。たとえば、次のようなものが挙げられます。
録音笑い
明らかに人工的で意図的な証拠がつくられている場合でも、社会的証明の原理は働きます。
テレビを見ていると、録音された笑い声が使用されていることがあります。
これについて、好ましく思う人が少ないにもかかわらず、使われ続けているのは、結果的に笑いの回数や時間が増え、ネタが面白いと評価されやすくなることが要因です。
チップ入れにチップを準備する
バーテンダーは夜の営業が始まる前に、何枚かの紙幣をチップ入れにあらかじめ準備します。これは、前の客が入れたと思わせるためです。これも「他の人がしている行為は正しいのだ」と感じる社会的証明の原理を利用しており、あらかじめ入ったチップを見た客が、チップを入れやすくなります。
「一番人気」という広告
広告にも社会的証明が活用されています。
たとえば、広告主は「一番人気」と記載して、多くの人がその商品をよいと考えていると謳っています。
この謳い文句により、多くの客は商品を無批判によいものと考えるからです。
「社会的証明」をビジネスで活用する方法
先ほどの「広告」に通じるものがありますが、ビジネスでの活用法は、いくつか考えられます。商品やサービスを売りたい場合、多くの人がそれらをよいと思っていることを伝えることが重要です。次から詳しく見ていきましょう。
顧客の声を活用する
お客様レビューや評価を積極的に活用しましょう。Webサイトや商品ページにお客様の声を掲載することで、他の顧客に対して商品やサービスの価値を証明する効果があります。
ソーシャルメディアを活用する
SNSでのフォロワーや「いいね」数を公開することで、他の人々に人気や信頼性をアピールできます。また、キャンペーンなどを使って、ユーザーにコンテンツを拡散してくれるよう促すこともできます。それによって、さらに多くの人が商品を支持しているように感じさせられます。
パートナーやスポンサーを公開する
パートナーやスポンサーを紹介するのも有効です。有名なブランドや専門家との提携といった情報は、自社の信頼性を高めることにつながります。
「大手の企業が協力している」「有名ブランドがスポンサーとなっている」といった事実は、他者の言動を見て判断しがちな私たちに大きな影響を与えます。
このように「多くの人々が評価している」と思わせることにより、客に自分の要請(商品を買ってもらうなど)に応えるように促すことができます。
心理治療にも用いられる「社会的証明」
社会的証明は、ビジネスだけでなく、日常生活においても役立てられます。恐怖心を取り除くことや対人関係の悩みを解決する手段ともなり得ます。次は、その驚くべき効果がわかる研究を2つ紹介しましょう。
心理学者アルバート・バンデューラの研究
アルバート・バンデューラらは、社会的証明によって恐怖心を克服できることを証明しました。
たとえば、犬を怖がる保育園児に、小さな男の子が犬と楽しそうに遊んでいるところを1日に20分間見せました。犬を怖がっていた子どもたちの67%は、4日もすると遊び部屋で犬を可愛がり、一緒に遊ぶようになりました。
1ヶ月後にも再度、恐怖度を計ったところ恐怖感は低いままで、彼らは喜んで犬と遊ぼうとしました。
さらに次の研究では、現実に子どもが犬と遊んでいる場面を見せるのではなく、映画で見せました。年齢や性別が異なる子どもが様々な種類の犬と遊んでいる場面を見せた時、もっとも効果を発揮しました。
この実験からわかるのは、多くの人の行動によって証明された時に、社会的証明がもっとも人に影響を及ぼすことです。「証明する人が多い」点は、社会的証明の効果をあげる条件のひとつと考えられます。
心理学者ロバート・オコナーが引っ込み思案の幼稚園児に対して行った研究
心理学者のロバート・オコナーは、引っ込み思案の幼稚園児に映画を見せました。
映画の内容は、独りぼっちでいるような内気な子どもが、社会性を身に付け、やがてみんなと一緒になって活動し、最後は楽しそうにしているという単純なものです。
引っ込み思案の子どもは、この映画を見た後からすぐに、他の園児たちと積極的に関わるようになりました。6週間後、オコナーが彼らの様子を見に行くと、映画を見なかった引っ込み思案の子どもたちの状況には変化がありませんでしたが、映画を見た子どもは、あらゆる活動で他の園児を引っ張る存在になっていました。
社会的証明が作用しやすい条件
社会的証明が効果を発揮しやすい条件には「不確かさ」や「類似性」といった要素があります。マーケティングや広告戦略を練る際には、これらの要素を考慮し、ターゲットを見極め、類似性を感じさせるよう上手に活用するとよいでしょう。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
不確かさ
次のような時、人は不確かさを感じ、周囲の人の行動を参考にしようとします。
- 自分自身に確信が持てない時
- 状況が不明確で曖昧な時
たとえば、駅のホームで具合の悪そうな人がいたとします。声をかけ手助けした方がよいのか、少し休んでいるだけだからそっとしておいてほしいのか、判断に迷うことがあると思います。
助けを求められているわけではなく、確信が持てません。でも具合が悪くて助けを求めることすらできていないのかもしれません。
そんな時、私たちは周囲の人の行動を参考にして自分も同じように行動しようとします。
類似性
社会的証明は自分に似ている人の行動を見た時に、もっとも作用します。先に紹介した恐怖心の研究でもあったように、子どもたちは自分と似ている年齢や状況の子どもの映像を見て、影響を受けました。
類似性はこんな場面にも作用します。
『影響力の武器』の著者であるチャルディーニは、幼い息子に泳ぎを教えようとしました。息子は水が好きだけれども、どうしても浮き輪を外そうとはしません。2ヶ月間それは変わらず、チャルディーニは教え子である大学院生を水泳の先生として雇うことにしました。しかし、彼もなにもできませんでした。
ある日、キャンプに行った著者の息子が、飛び込み台からプールの最も深いところに飛び込み、プールサイドまで難なく泳いでいるのを著者は見ました。
驚いて理由を尋ねると、彼の息子は、自分と同じ3歳の男の子が浮き輪なしで泳げるのだから自分にできないはずはない、と父親に伝えました。
参考
- ロバート・B・チャルディーニ(著)、社会行動研究会(翻訳)『影響力の武器[第三版]―なぜ、人は動かされるのか』誠信書房、2014年