報酬・インセンティブ制度のデメリット 報酬は罰則と変わらない

2021年9月16日

報酬は罰と同じ効果を持つ

「報酬は罰と変わらない」と言われれば、「そんなことはない」と思う方は多いでしょう。

例えば
「営業目標が達成できたら3万円の褒賞金を上げるよ」
という会社の制度と、
「営業目標が達成できないと3万円の罰金ね」
という制度とでは一見して大きく異なるように見えます。

前者は報酬というアメを誘因として人の行動を促し、後者は罰金というムチを使い、不安や苦痛で人を動かそうとしています。
しかし、これら2つの制度というのは、表現が異なるだけで内実は同じものなのです。
今回は報酬が罰則と同じ効果を持つメカニズムを詳しく見ていきましょう。

できる人もできない人も不安は一緒

報酬が罰則と同じであることを知るために、以下のような舞台設定をしましょう。

舞台設定

制度:
営業目標を達成できた月は基本給に加えてインセンティブ報酬3万円が支給される。

Aさん:
最近配属されたが、今の業務内容が合わず、報酬を貰えるような成績を上げられていない。

Bさん:
仕事がよくでき、頻繁に報酬も貰っている。報酬は生活にとって重要な位置を占めている。

成績が上げられないAさんの場合

まずAさんから見ていきましょう。Aさんは最近営業部門に配属されたのですが、営業の仕事が肌に合わないのか、なかなか成果を上げることができません。
はじめは目標達成に向かってがんばっていた時期もありましたが、今では
「みんなが貰えているものを貰えていない」
という心労を感じるようになってきました。

何らかの理由によって成果が挙げられない人にとって「お前はできない人間だ」というレッテルを貼ることと同じであり、さらに不公平感を感じさせることになります。

経営者にとっては「その劣等感をバネにしてがんばってほしい」と言うかもしれませんが、心の不安を駆り立てて人の行動を促すのであれば、それは罰と同じことだと言えるでしょう。

  • 成績が上げられない人にとっての報酬制度……成績が上げられない人にとっての報酬制度は不安の材料

成績優秀なBさんの場合

ではBさんの場合はどうでしょうか。Bさんはこの制度を享受できているように見えます。
しかし、Bさんも常に目標を達成できるわけではありません。そして、Bさんにとってインセンティブ報酬が生活費を賄うのに重要なものであるのであれば、目標達成ができなかった月はBさんの家計に打撃を与えることになります。

結局Bさんも「インセンティブ報酬が貰えないといけないからがんばらないと」という不安を胸に仕事に当たらなければなりません。これではやはり、罰則と同じことではないでしょうか。

  • 成績が上げられる人にとっての報酬制度……次も必ずしも得られるかわからない報酬に対しての不安は成績の悪い人と変わらない

欠乏状態でなければ報酬の効果は現れない

Aさん・Bさんの例を見ても、アメと思っていた報酬が、実際はムチと同じものであったことがわかります。

さて、Bさんの設定に対して、次のような反論が出てくるかもしれません。
「Bさんは生活費としてインセンティブ報酬を期待していたのだから不安感を覚えたのだ、報酬金なしでも十分に生活費を賄えている人は不安を感じないだろう」
というものです。
確かに、報酬がなくても生活が十分にやっていけるのであれば、月によってインセンティブ報酬が得られなくても、不安な気持ちになることはないでしょう。

しかし、報酬があってもなくてもよいという状況で、そもそも報酬達成に向けて人の心は動くのでしょうか。おそらくそれほどの効果は上げられなくなるでしょう。

報酬というのは、対象者をコントロール下に置き、欠乏状態になっているときに高い効果を挙げることができます[1]アルフィ・コーン『報酬主義をこえて』(田中英史訳)法政大学出版局、2001年、54頁。
これは例えば囚人と看守の関係に似ています。看守が囚人に対して「静かにしていたらご飯を上げよう」と言えば、囚人は看守に従うはずです。
しかし囚人は看守に対して心服しているから従うのではなく、牢獄につながれた囚人は看守からしから食事を貰うことができず、逆らえば食事がなくなるからです。

このように、モノがない状態、即ち欠乏状態であればあるほど報酬の効果は高まりますが、逆に満たされている時には効果が薄れてしまいます。

これは報酬制度であっても同じことであり、報酬がなければ生活が苦しくなる人にとって報酬の効果は高く、生活が豊かな人に対して金銭的な報酬は効果を上げないことになります。

これはマズローの欲求段階説からも紐解けることです。

十分に生活が豊かになり、生理・安全の欲求が満たされたのであれば、目先の金銭よりも、良好な人間関係や名声、自己実現の達成に向かって精を出すようになります。そのような状態では、よっぽど大きな報酬を用意しない限り、思ったような行動を社員に促すことはできません。報酬制度が効果を上げるには報酬がなければ生活が苦しくなる状態を維持して、報酬への依存度を高めなければなりません。
しかしそれはスタッフに生活の不安を常に意識させることでもあります。

報酬・インセンティブ制度が有効な場合

これまで報酬・インセンティブ制度の負の効果について見てきました。
報酬制度には様々な問題がありますが、報酬・インセンティブは上手く条件が整っていれば、スタッフのモチベーションアップや、それに伴う業務スピードの向上を期待することができます。
まずは報酬・インセンティブ制度が有効に働くための条件を押さえておきましょう。

・つまらないと認められるもの
・内容が簡単であるもの
・作業者によって質の差が発生しにくいもの

以下で各条件の詳細を見ていきます。

つまらないと認められるもの

報酬制度が有効になる条件の1つとして、つまらない仕事であることが挙げられます。
面白い仕事であれば、報酬・インセンティブを与えることによって発生する負の効果が大きいことはこれまで見てきました。
しかし、どうしてもその仕事に面白さを見出すことができない時は報酬の出番です。
例えばデータ入力は単調作業のため、面白みの少ない仕事かもしれません。
こうしたものであれば「1件入力するごとに200円」というような報酬が有効になります。

内容が簡単なもの

報酬・インセンティブ制度を上手く活用するための第2の条件として、内容が簡単なものであることが挙げられます。
ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』で注意喚起されているように、報酬は人のクリエイティブ性や考える力を奪います[2]ダニエル・ピンク『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(大前研一訳)講談社、2010年、117頁。
そのため、難しい仕事をお願いすることは適していないと言えるでしょう。
高い技術力を要求せず、誰にでも行える作業にこそ、報酬制度が向いています。

作業者によって質の差が発生しにくいもの

第3の条件は、作業者による質のバラツキが生じにくいことです。
報酬制度を用いると、人は多くの報酬が得られるよう、質よりも数や量を求めるようになります。

そのため、量だけではなく、高い質を求める仕事は報酬制度に適していません。
誰がやっても同じクオリティになる仕事が、報酬・インセンティブ制度を導入するのに相応しいと言えるでしょう。

先ほどのデータ入力も、紙媒体のデータをExcelに入力するというような作業であれば、人によって品質のバラツキも大きくはないでしょうが、それでもまだ誤字・脱字の可能性を残しています。
対策として、入力フォーマットを選択式にするなどして入力者のミスが生じにくいものにすることが大切です。
こうすることによって、入力者の作業も楽になり、管理やチェックも簡略化できるでしょう。

まとめ

今回は報酬が罰則と同様の効果を持つことを確認してきました。
報酬はアメによって人の行動を促しているように見え、その実は「貰えなかったらどうしよう」という不安をスタッフに与えて、コントロールしようとしているにすぎません。
さらに報酬の効果が高くなるのが欠乏状態の時であることが、また問題です。

会社経営で言えば、基本給では社員の生計が成り立たない状態にすれば、報酬への誘因を高めることができます。あまりに非情な考えですが、こうした考えを取り入れている会社も存在するでしょう。
最近ではブラック企業の問題がクローズアップされることが多いですが、この報酬制度がブラック企業蔓延の一因となっているかもしれません。

1アルフィ・コーン『報酬主義をこえて』(田中英史訳)法政大学出版局、2001年、54頁。
2ダニエル・ピンク『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(大前研一訳)講談社、2010年、117頁。