鬱は業務上の疾病に該当するか?激務等による精神疾患が労災として認められるための要件を解説

2023年3月9日

はじめに

鬱病などに代表される、仕事を原因とした精神疾患に悩まされる労働者が近年増えています。
このような精神疾患は、たとえば「作業中に機械に手を挟まれてケガをした」といった一般的な業務災害(労災)とは異なり、その病気の原因は仕事にあるのか、そうでないのかの判断が難しくなります。
この記事では、鬱などの精神疾患が業務上の災害として認められるための要件について解説していきます。

業務上の疾病とは

業務上の疾病(業務上疾病)とは、一般的には「労災」という言葉で呼ばれる、業務と相当の因果関係がある疾病をいいます。業務上疾病として認められる(=いわゆる「労災」として認められる)と、会社が強制的に加入している労災保険から、さまざまな給付が受けられる仕組みになっています。

業務上疾病は労働基準法施行規則別表1の2[1]https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/100519-1.pdf(2023年2月24日確認)において、第1号から第11号に分けてその範囲が規定されています。これに該当するもののみが業務上疾病として認定されます。

鬱などの精神疾患は、以下に紹介する第9号に該当します。

第9号
人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象(ストレス)を伴う業務による精神および行動の障害または付随する疾病

鬱などの精神疾患が業務上の災害とされるための要件

第9号の認定に係る通達として、「心理的負荷による精神障害の認定基準(R2.8.21基発0821第4号)」が厚生労働省から出されています。この通達は「仕事の失敗、過重な重圧等の心理的負荷による精神障害及び自殺について、その業務上外の認定を定めたもの」として、精神障害の具体的な認定基準が記載されています。

この通達によると、次の①、②、③全ての要件を満たす精神疾患は、業務上の疾病とされています。

精神障害の具体的な認定基準
  • ①対象疾病を発病している。
  • ②発症前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる。
  • ③業務以外の心理的負荷や個体的要因で対象疾病を発病したと認められない。

③の「個体的要因」とは、その人が持つ精神疾患を引き起こす可能性のある特性を指します。具体的には、過去に精神障害の既往歴があったり、アルコール依存症を患っていたりすることが該当します。

「業務による強い心理的負荷」とは?

では、上記②の「業務による強い心理的負荷」とはどのようなものを指すのでしょうか。

精神障害の労災認定の考え方について、厚生労働省は以下のような資料を出しています。

「対象疾病」の発病に至る原因の考え方は、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負担が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負担が小さくても精神的破綻が生じるとする「ストレス-脆弱性理論」に依拠している。

「強い心理的負荷」とは、精神障害を発病した労働者がその出来事および出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものである。

また、業務による心理的負荷によって精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺を思いとどまる精神的抑止力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定され、原則、業務起因性を認める。

引用:厚生労働省「資料 11 精神障害の労災認定の考え方について」(2023年3月1日確認)

つまり、人によってストレス耐性が違う中、どこまでの精神疾患を業務上疾病とするかは、その病気になった本人と同種の労働者(職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者)が一般的にどう受け止めるかという基準で判断するという立場に立っています。

業務による心理的負荷評価表

前述の「業務による心理的負荷」の程度について、厚生労働省は「業務による心理的負荷評価表」を公表しています。

「業務による心理的負荷評価表」では、具体的にどんな出来事が心理的負荷にあたるのかを、心理的負荷の程度を「強」「中」「弱」に分けて評価しています。

「業務による心理的負荷評価表」に照らして判断し、総合判断が「強」の場合は、上記「②発症前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる。」に該当します。
具体的には発症前おおむね6カ月の間に以下のような「特別な出来事」が認められる場合は「強」となります。

心理的負荷の総合評価が「強」となる具体例

特別な出来事の類型:心理的負荷が極度

  • 生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、または永久的に労働不能となる行為障害を残す業務上の病気やケガをした
  • 他人を死亡させたり、大けがをさせたりした
  • 強姦や、わいせつ行為などのセクハラを受けた 等

特別な出来事の類型:極度の長時間労働

  • 発病直前1カ月におおむね160時間を超えるか、これに満たない期間にこれと同程度(例:3週間におおむね120 時間以上)の時間外労働を行った

仕事の掛け持ちによる過労が原因でも、業務上疾病となり得る

2つ以上の事業の業務を要因とする業務災害を「複数業務要因災害」と言います。
会社員として働きながら、別の会社でアルバイトや副業なども行うような、複数の仕事を掛け持ちする「複数事業労働者」が近年増えています。
こういった複数事業労働者については、それぞれの就業先での業務上の負荷(労働時間やストレス)のみでは業務と傷病等の間に因果関係が認められない場合でも、複数の就業先での負荷を合わせて評価することにより、傷病との間に因果関係が認められる場合は、複数業務要因災害として労災認定がされることになります。

たとえば、1つの会社の残業時間はそこまで多くなくても、掛け持ちする会社での残業時間も含めると相当多くなる場合は、労災として認められる可能性があります。

労災と私傷病の違い

鬱などの精神疾患は、業務が原因で病気を発症したのか、プライベートな出来事が原因で発症したのか、判断が難しい病気です。
ここでは、抱えている病気について、業務上疾病として会社を休業する場合と、私傷病、すなわちプライベートで罹った病気として会社を休業する場合について違いを解説します。

業務上疾病により会社を休業する場合

労災として認められた場合、療養のために労働できず賃金を受けない日の3日目までは、会社から平均賃金の60%の補償金を受け取れます。

4日目以降は、会社からではなく労災保険から、休業給付金として1日につき平均賃金の60%、休業特別支給金として1日につき平均賃金の20%が支給されます。すなわち、合計して平均賃金の80%が支給されることになります。
これらの休業給付金と休業特別給付金は、療養を開始してから最大で1年6カ月間支給されます。

1年6カ月を経過してもその病気が治っておらず、かつ病気の程度が傷病等級に該当する場合は、休業給付金と休業特別給付金は「傷病年金」に切り替わり、傷病等級に応じた額が年金として支給されます。

労災と認められた場合
  • 3日目まで:会社から平均賃金の60%の補償金
  • 4日目以降:労災保険から休業給付金と休業特別支給金をあわせて平均賃金の80%が支給
  • 1年6カ月以降:傷病年金に切り替わり、傷病等級に応じた額の年金

私傷病により会社を休職する場合

私傷病による休職制度については、法律上、会社に義務付けられていません。そのため、私傷病によって休職が出来るかどうかは会社によって異なります。休職制度がある場合は、会社の就業規則にその旨が記載されています。

休職制度を利用して休職する場合、健康保険から「傷病手当金」を受け取ることができます。傷病手当金は休んだ第4日目から、おおよそ平均賃金の66%が支給されます。

傷病手当金についても、労災の休業給付金等と同様、療養を開始してから最大で1年6カ月間支給されます。
ただし、労災の給付金とは異なり、1年6カ月間を経過しても病気が治らない場合、傷病手当金は打ち切りとなり、以降の支給はありません。

このように比較すると、労災として認められた場合と、私傷病として休職する場合では、労災として認められた方が給付金の金額が多くなり、補償も手厚くなります。

まとめ

  • 鬱などの精神疾患が労災として認められるには、以下3つの条件に該当していることが必要となる。
    • ①対象疾病を発病している。
    • ②発症前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる。
    • ③業務以外の心理的負荷や個体的要因で対象疾病を発病したと認められない。
  • 「業務による心理的負荷評価表」に照らして総合判断が「強」の場合は、上記②に該当する。
  • 仕事の掛け持ちが原因でも業務上疾病となり得る(複数業務要因災害)
  • 労災として認められた場合の方が、私傷病として休職する場合よりも給付金の金額が多くなる。

参考