『影響力の武器』における「好意のルール」とは何か?(『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』より)

2023年7月20日

好意のルールとは

『影響力の武器』で言う「好意のルール」とは、私たちが好意を持っている人から頼み事をされた際にそのほとんどを引き受けてしまう、心理的な傾向を指しています。

たとえば、タッパーウェア・パーティーは「好意のルール」を利用したビジネスの手法です。
タッパーウェア・パーティーという言葉は、日本ではあまり一般的ではありませんが、プラスチック製容器を扱うアメリカのタッパーウェア社が行う販売システムです。
友人に招かれたホームパーティーに行くと、タッパーウェア(いわゆるタッパー)の実演販売がされています。パーティーのホスト/ホステスである友人は、パーティーでのタッパーウェアの売上から利益を得ます。

このタッパーウェア・パーティーのシステムが巧妙なのは、売上の何パーセントかをホスト/ホステスに支払うという事実にあります。この事実によって、参加者は「品物を購入すれば友人のためになる」と、思わされてしまいます。
見知らぬ販売員から買うのではなく、友人から買うことで「好意のルール」が働き、人々は購入を決断してしまいます。

「好意のルール」が働き、付き合いや友情の圧力によって「商品を買わなければ」という義務感で大して欲しくもないものを買ってしまいます。このような圧力に気づいてはいるものの、私たちは「好意」の強い影響力に逆らえません。

好意を持つ理由

「好意のルール」をビジネスで役立てるには、人が人に好意を持つ理由を知る必要があります。好意を持つ理由には、大きく分けて次の5つがあります。

好意を持つ5つの理由
  • ハロー効果
  • 類似性
  • 称賛
  • 親密性と協力
  • 連合

次からひとつずつ詳しく見ていきましょう。

ハロー効果

私たちは魅力的な人に好意を持ちます。当たり前のことだと思われるかもしれませんが、その効果は私たちが思っているよりも、非常に大きなものです。

たとえば、外見のよい人について「きっと賢くて、仕事もできるだろう」と外見以外の能力までも高い評価をしてしまうことがあります。これはハロー効果の一例です。
ハロー効果とは、一部の特徴の印象によってその他の点まで評価が及ぶ、心理的な現象を指します。

中でも、外見の魅力が大きく評価に影響することが、明らかになっています。
たとえば、人事採用で保有資格よりも身だしなみの良さが好印象を与え、採用決定に大きく影響を及ぼしたり、選挙でハンサムな候補者がその他の候補者よりも2.5倍も得票数が多かったりと、数多くの事例があります。
しかも、このようなバイアスがかかっていることに私たちはまったく気づいていません。

類似性

人は自分に似ている人に好意を持つ特徴があります。これを「類似性」と呼びます。

類似性についての、こんな研究があります。
1970年代「ヒッピー」や「ストレート」といったファッションが流行った時代に、どちらかの格好で「電話をかけるために10セント貸してほしい」と大学のキャンパス内で頼みました。実験者が学生と同じような服装をしている時には、3分の2以上の学生がお金を貸してくれ、服装が似ていない時に貸してくれた学生は半数のみでした。

類似性は例に挙げた服装だけでなく、出身地や経歴、趣味といったあらゆる事柄において作用します。

称賛

人は他者から称賛や好意を示されると、その自分を称賛してくれた他者に好意を抱く傾向があります。
自動車セールスマンのジョーは、客に自分のことを好きになってもらうために、毎月1万3千人以上の顧客にメッセージを印刷した挨拶状を送っていました。印刷のメッセージは毎月同じで「あなたが好きです」という内容です。

メッセージは印刷ですし、機械的に送られていることも明白です。しかし、それでもジョーは、この顧客への好意を伝える挨拶状に、効果があったと考えています。そんな彼は、年間20万ドル以上を稼ぐ自動車セールスのスペシャリストです。

親密性と協力

親密性

人はよく知っているものに対しても好意を感じます。これを「親密性」と呼びます。

たとえば、写真で考えてみましょう。他者に撮影してもらった自分の写真と、インカメラで自撮りした写真でどちらが映りがよいか選ぶとします。
すると、自分はインカメラで撮影した左右反転した写真を選び、あなたの友人や家族は左右反転していないあなたの写真を選ぶことが多いでしょう。

どうしてこのようなことが起こるのかと言えば、私たちは見慣れたものをよいと感じる傾向があるためです。自分を見る時は鏡で見ることが多く、左右反転しているため、インカメラで撮影した自撮り写真の方が映りがよいと感じるのでしょう。

このことから、それまで何度も接触してきたものに、好意を感じやすいことがわかります。つまり、接触を繰り返し、親密性を高めることでも「好意」は生まれます。

しかし、必ずしも接触回数が多ければ「好意」を持つというわけではありません。ストレスや競争といった不快な状況下で、接触を繰り返すとまったく逆の効果が現れる場合もあります。また、親密性と密接な関わりを持つ「協力」も好意を持つ要素として非常に大きな影響があります。それらがよくわかる研究プログラムが、社会科学者のムザファ・シェリフらによって行われました。

協力とサマーキャンプの実験

彼らは、サマーキャンプにやってきた少年たちを2つの住居キャビンに分け、それぞれにグループの名前をつけさせました。キャビン対抗の競技を行わせ、少年たちを競わせます。すると少年たちは事あるごとに、もう一方のグループを敵視し、いがみ合うようになりました。
研究者たちは、今度は少年たちの敵意を取り除くため、2つのグループが一緒に楽しめるようなピクニックやイベントを行い、接触アプローチを試みました。しかしすぐに喧嘩になってしまい、悲惨な結果に終わります。

そこで研究者たちは、少年たちが協力せざるを得ない状況を作ることにしました。町へ食料を買いに行く唯一の手段である車を動かなくさせたり、キャンプの水道を止めたりして、少年たちに共通の危機を与えました。2つのグループの少年たちは、協力して問題を解決しました。協力して危機を乗り越えた少年たちは、だんだんと仲良くなり、もう一方のグループの少年とも友人同士となりました。

連合

『影響力の武器』で示される「連合」とは、結びつきのことです。私たちは、悪いこともよいことも身近にある物や人と結びつけます。たとえば、ある天気予報士は大雨で洪水が起こった際に「雨が止まなければ殺す」と脅迫を受けました。もちろん天気予報士が天気を自由に操れるはずがないことは誰でもわかっています。それでも「大雨」と結びつけられ、彼はいわれのない悪意を持たれてしまいました。

消費者研究をしているリチャード・ファインバーグは、クレジットカードが消費傾向にどういった影響を与えているのか調べる実験を行いました。その結果は次のとおりです。

クレジットカードと消費傾向に関する実験
  • 現金よりもクレジットカードで支払った場合の方が、多くチップを払った
  • マスターカードのマークが出ている部屋で、学生が通信販売のカタログから品物を選ぶ際、マークがない場合に比べて、平均29%多くお金を使おうとした
  • 寄付を求められた学生は、マスターカードのマークがあった場合、87%が寄付し、ない場合は33%の寄付にとどまった

3つ目の実験では、寄付は現金で行われたにも関わらず、カードのマークがあっただけで、被験者たちは現金を多く使おうとしました。このカードのマークは、クレジットカードで嫌な体験をしたことのある人には、効果がありませんでした。
このことからも、クレジットカードに対する体験の結びつきが、その後の行動にも影響を与えていることがわかります。

連合の原理は、広告にもよく使われています。広告主は、商品と名声を結びつけて商品を売ろうとします。たとえば、オリンピックのスポンサー権を得るために、企業は何億ものお金を費やします。これは、オリンピックとの結びつきをアピールすることで、その商品やサービスが売れることを彼らがよく知っているためです。

連合の原理が強く働く

ここまで見てきたように、人はすぐに物事を結びつけて、人や物の印象を変えますが、連合の原理がもっとも強く働くのは、次のような場合です。

ランチョン・テクニック

心理学者のグレゴリー・ラズランは、ある実験により、被験者が食事中に関わりのあった事柄に対して、好意的になることを証明しました。これを彼は「ランチョン・テクニック」と名付けています。

被験者に、事前にいくつかの政治的意見について評価してもらい、それらを実験中に改めて提示しました。その提示されたいくつかの政治的意見の中で、評価が上がったものがありました。それが食事中に提示された意見です。被験者はどの意見がいつ提示されたかは覚えておらず、無意識のうちに食事中に示された意見に対して、好意的な評価をしていました。

このことから、私たちはおいしいものを食べている時の楽しい感情と、食べ物とまったく関係のない話さえも結びつけて評価を変えてしまうことがわかります。

栄光浴

『影響力の武器』の「栄光浴」とは、栄光の反映に浴する傾向のことを指します。つまり、有名人やスポーツ選手といったスターとの結びつきを強調するなどが栄光浴に当たります。たとえば、オリンピックが開催されると私たち日本人は、日本人選手を応援することが多いでしょう。地元のスポーツチームや、地元が同じ芸能人を応援する気持ちも同じです。

作家のアイザック・アシモフは、この感情の根底には「自分が他の人よりも優れていることを証明したい」という思いがあると語っています。日本人選手を自分の代理と考え、日本人選手が勝つことは自分が勝つことと同義だ、という考え方です。このように自分の優位性を示すために、自分に結びつきのある選手やチームを応援します。

こういった栄光浴は誰にでもあるものですが、よりこの傾向が強い人がいます。それは、パーソナリティが脆弱で、自己肯定感が低く、自分は価値が低い人間だと思っている人です。このような人は、他者の成功と自分を結びつけて、名声を得ようとしてしまいがちです。

「好意のルール」をビジネスで活用する方法

もし営業や販売に関わる仕事をしていれば、次のような「好意のルール」を使って、売上を伸ばせるかもしれません。

「好意のルール」の活用法
  • 相手と似ている服装をする
  • 相手と経歴や趣味が似ていることを強調する
  • 相手を褒める

このような類似性や称賛は、人々の好意を引き出し、商品を買う決断をさせるでしょう。

ある研究者は、「好意のルール」を使って、郵便調査に応じる人の割合を、ほぼ2倍に増やすことに成功しました。実行したことは、ハガキに記載する調査者の名前を、受け取る人の名前に少し似せただけです。ほんの少し類似性を加えただけで、大きな効果が得られました。

広告や宣伝に関わる仕事であれば、広告に魅力的な人物を起用するのは有効な手法です。

広告業界に身を置いている方にとっては常識かもしれませんが、広告に魅力的な人物を起用することは非常に大きな効果が期待できます。スポーツ選手や芸能人などが起用されている広告は、誰でも目にしたことがあるでしょう。これは、自社の製品やサービスと名声を結びつけるための手段として用いられています。

参考

  • ロバート・B・チャルディーニ(著)、社会行動研究会(翻訳)『影響力の武器[第三版]―なぜ、人は動かされるのか』誠信書房、2014年