【類推思考の落とし穴】カール・ダンカーの放射線問題と要塞問題
類推思考の落とし穴
問題解決の名著『いかにして問題をとくか』の中に「問題が解けなかったら、まずそれと似通った問題を解け」という言葉があります[1]G. ポリア(著)、柿内賢信(訳)『いかにして問題をとくか』丸善、1975年、14頁。。
その言葉のとおり、問題解決をする際は、それと似た問題を見つけることが近道になることがあります。
こうしたアイデアを「類推思考(アナロジー思考)」と呼びます。
この類推思考にはさまざまなメリットがありますが、落とし穴も存在します。
今回はこの類推思考の落とし穴である「放射線問題」と「要塞問題」を紹介していきます。
カール・ダンカーの放射線問題と要塞問題
放射線問題
放射線問題と要塞問題は、ドイツの心理学者であるカール・ダンカー(Karl Duncker)によって考案された心理学の実験です。
この実験では、参加者に以下のような質問をします。
医師として、体の奥深くに埋もれた手術不能な悪性腫瘍を抱えた患者を治療しなければなりません。
特別な種類の光線が存在し、低強度では完全に無害ですが、十分に高い強度では腫瘍とそこに向かう途中の健康な組織を破壊することができます。患者を避けるために何ができるでしょうか?
これが放射線問題です。
この問題の答えは「患者の体の四方八方から、弱い放射線を照射し、体の中央の腫瘍で結集させる」です。
要塞問題
放射線問題に取り組む前に、一部の参加者は、下の物語があらかじめ伝えられています。
ある将軍が敵の要塞を攻略しようとしていた。
彼は大軍を集めて本格的な直接攻撃を開始したが、そのとき要塞に直接通じるすべての道が地雷で封鎖されていることを知った。これらの道路封鎖は、要塞所有者の兵士の少人数であれば安全に通過できるが、大人数の兵士が通過するたびに地雷が作動するように設計されていた。
そこで将軍は次のような作戦を考えた: 部隊をいくつかの小グループに分け、それぞれ別の道を行進させ、要塞に到着したときに全軍が正確に再集結し、全力で攻撃できるようなタイミングを計った。
これが要塞問題です。この要塞問題は放射線問題と同じ手法を採り入れています。
要塞問題は要塞までの道路に大軍が送り込めないため、部隊を小さく分けて、複数の道から進軍しました。
同じく、放射線問題を解決するには、強い放射線を特定の箇所から照射するのではなく、体の周囲から弱い放射線をあて、体の中央で終結させる必要があります。
では、この要塞問題を知っているか否かで、参加者の放射線問題に対する正答率は変わったのでしょうか?
ギックとホリオークの実験
この放射線問題と要塞問題の実験を、1980年と1983年に実施したのがギックとホリオークでした。
2人の実験の結果、以下の結果になりました。
- 放射線問題を解答できたのは、被験者のわずか10%
- 放射線問題に取り組む前に要塞問題の話を読んでいた場合、解決できたのは被験者の30%
- 要塞問題が放射線問題のヒントだという追加の情報を与えた後、被験者の75%が問題を解決
以上のように、放射線問題は難しく、何も知らなければ10%の人しか解答できませんでした。
興味深い点は、たとえ放射線問題を解決するヒントである要塞問題の話をあらかじめ知っていたとしても、それが「ヒントである」と言われなければ、被験者は解決の糸口に使用できず、解答できた被験者は30%に留まっているということです。
つまり、類推思考のヒントになり得る情報を持っていても、なかなかそれを活用することはできないようです。
類推思考のトレーニング
ギックとホリオークは、要塞問題の話だけではなく、似ている物語を提示した時の被験者の正答率を調べました。
その結果、要塞問題の話だけを知っていた時よりも正答率は改善され、52%の被験者が解答できました。
さらにギックとホリオークは、被験者が3つのタイプに分かれていることを発見しました。
- よいスキーマを発見したグループ(被験者の20%):問題を解決するために同じ概念が使用されていることを認識したグループ。このグループの91%が放射線問題に解答。
- 中間のスキーマを発見したグループ(被験者の21%):問題の根本が等しいことを理解したグループ。このグループの40%が放射線問題に解答。
- 悪いスキーマを発見したグループ(被験者の59%):このグループは、物語の主人公が努力に対して報われたことだけを認識。放射線問題の正答率は30%。
つまり、類推思考を使うには、ヒントとなる情報の概念を理解しておく必要があり、単に話を知っているというだけでは、問題解決の力にはなりません。
類推思考をトレーニングするには、話を聞いた時に、その話の概念(スキーマ)を整理すると良いでしょう。
参考
書籍
- 三宮真智子『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める: 認知心理学が解き明かす効果的学習法』北大路書房、2018年
Webページ
- https://en.wikipedia.org/wiki/Karl_Duncker(2023年11月8日確認)
- https://socialsci.libretexts.org/Bookshelves/Psychology/Cognitive_Psychology/Cognitive_Psychology_(Andrade_and_Walker)/06%3A_Problem_Solving/6.04%3A_Reasoning_by_Analogy(2023年11月8日確認)
注
↑1 | G. ポリア(著)、柿内賢信(訳)『いかにして問題をとくか』丸善、1975年、14頁。 |
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