返報性の法則とは何か?(『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』より)

2023年6月16日

返報性の法則とは

返報性の法則とは、他人から受け取った好意に対して、それにお返しをする傾向があるという心理的な原理です。私たちは他人から何かを与えられた時、お返しをしたくなります。これは人間の社会的な行動の一つであり、人と人とのつながりを強める役割も果たします。

美術鑑賞の実験

返報性の法則が働いたことがよくわかる実験があります。心理学者のデニス・リーガンが行った「美術鑑賞」実験です。
被験者には、もう1人の被験者(実際はリーガンの助手)と共に絵画を見て、作品について評価してもらいました。この実験の間に、下記のような出来事がありました。

美術鑑賞の実験

A:被験者のふりをした助手が、休憩時間に2本のコーラを買ってきて、1本を被験者にあげた
B:被験者のふりをした助手は、休憩時間に部屋を出ていくが、なにも手にせず戻ってくる

絵画の評価を行ったあと、実験者が席を外した間に、助手は被験者に「1枚25セントのくじ付きチケットを何枚か買ってほしい」と頼みごとをします。
この結果、Aの条件下にあった被験者は、Bの被験者の2倍のチケットを買いました。

これは返報性の法則が働いた例で、Aの被験者は休憩時間にコーラをもらったために、助手に借りができたと感じ、多くのチケットを買うことになりました。

返報性の法則の3つの特徴

返報性には強い影響力があります。その影響が及ぶ特徴について紹介します。

要求を受け入れるかどうかの判断要因を凌駕する

本来であれば、相手との親密さや自分の状態などを考慮にいれて判断しますが、それらを飛ばして、お返しをしてしまうことがあります。

望んでもいない好意にも適用される

こちらが望んでいない好意を、誰かから受けたとしても、この返報性は適用されてしまうため、借りを作る相手すら選べません。

不公平な交換であっても返報性は働く

借りがある状態を人は居心地悪く感じるため、相手から小さな親切をされただけであっても、後にその相手から頼みごとをされると、たとえそれが最初の親切と釣り合わない大きな頼みごとであっても、お返しをしてしまいます。

返報性を利用する方法

返報性には大きく分けて以下の2つがあります。

お返し

何か最初にこちらから「与える」ことで、お返しをもらう方法です。
たとえば旅先で、お土産を見ているとお店の方が「おひとつどうぞ」と名産のお菓子を食べさせてくれたら、返報性の法則が働き、「このお店で何か買おうか」という気になります。これはマーケティング手法の1つです。

譲歩

これは、最初に大きな要求をして断られたら、小さな要求に切り替える方法です。

『影響力の武器』の中で著者のチャルディーニは、自らのこんな経験を語っています。
彼は道を歩いていた時に、少年に「サーカスのチケットを1枚5ドルで何枚か買ってもらえないか」と持ちかけられます。彼がこれを断ると、少年は「それなら1本1ドルのチョコバーを買ってくれないか」と言いました。結果的に、著者はチョコバーが好きではなかったにもかかわらず、2本買ってしまいました。

今回の場合、少年が何かをしてくれたわけではありませんが、返報性の法則が作用しています。少年が「譲歩してくれた」という事実に、こちらも譲歩しなければならないと感じさせられたために起こったことです。

譲歩が引き出される要因

なぜ著者はチョコバーを買ってしまったのか、その「譲歩」が引き出される要因は以下の2つがあります。

圧力

最初に提示した要求を取り下げて、より小さな要求を伝えることで「譲歩」を示し、相手にも「譲歩」をするよう圧力をかけています。

社会的義務の発生

「譲歩」されたのだから、「譲歩」を返さなくてはならないと社会的な義務を無意識のうちに感じて、お返しをしてしまいます。

少年がどういうつもりで頼みごとをしたかはわかりませんが、「圧力」や「社会的義務」を著者は無意識のうちに感じ取り、譲歩を引き出されました。

返報性を使う際のポイント「1度拒否させる」

返報性を使う時は、最初に大きな要求を出し、それが拒否されたら、次に本当に受け入れてほしい、先ほどよりも小さな要求を出すのが効果的です。「譲歩」したことを相手に認識させ、お返しを引き出します。

学生への実験

「譲歩」が有効であることを示す実験があります。
大学内で学生たちに行われた実験で、「非行少年のグループを動物園に連れていく引率役をしてくれないか」と頼んだ場合、承諾する学生がどれほどいるのかという内容です。

この質問をしただけの時、83%の学生は依頼を断りました。
しかし、引率役の依頼の前に、それよりもさらに大きな頼みごとである「少なくとも2年間、1週間に2時間非行少年のカウンセラーをしてくれないか」と尋ねている場合は、50%の学生が動物園の引率役を引き受けました。
カウンセラーの依頼を1度断らせ(実際に全員が不承諾)、譲歩した結果、学生たちは譲歩のお返しとして、引率役を引き受けたと考えられます。

「譲歩」することは、相手に承諾させる傾向が強まるという効果だけでなく、「将来の同じような要求にも承諾する」傾向が強くなります。
それを実証する献血の実験があります。1パイント(473㏄)の献血を求める内容でした。
Aグループには「最低3年間、6週間に1度1パイントの献血」を先に求める「譲歩法」を使いました。Bグループには、たんに1パイントの献血を求めただけです。
最後に、献血に応じた双方のグループの学生に、「また献血を頼みたいので、電話番号を教えてほしい」と告げます。すると、Aグループの学生は84%が再度の献血に同意し、Bグループは同意者が半分以下でした。このことから、将来の要求にも「譲歩法」が有効であることがわかります。

あまりに極端な要求は注意

1度断らせてから譲歩する方法は、万能のように見えるので、交渉する際には最初の要求を大きくすれば良いと思いがちです。しかし、あまりにも現実離れした高い要求をしてしまうと、逆効果であることがわかっています。高すぎる要求は誠実さを感じられず、そこから要求を下げたとしても「譲歩」とは見なされません。ですから本来求めたい内容よりも、少し高いくらいの要求を最初に行うのがポイントとなるでしょう。

「1度拒否させる」具体例

労使交渉

求めている労働条件よりも高い要求を最初に出し、断られてから本来求めている条件を譲歩して要求します。

訪問販売

商品を買うことを拒否されたら、利用してくれそうな人を紹介してくれないかと伝えると、知人を紹介してくれる人が増加しました。

家電量販店でのオプション販売

保証期間延長のオプションを売る販売員は、1年から3年まであるオプションのうちまずは1番価格の高い「3年」から勧め、1度断られた後に「1年」のプランを勧めました。そうすることで、他の店員が40%しか取れなかった契約を、70%取ることに成功しました。

より小さな要求を受け入れてしまう心理的メカニズム

人が「より小さな要求を受け入れてしまう」のには、以下のような心理的な理由があります。

知覚のコントラスト

人間の知覚には、コントラストの原理が働きます。コントラストの原理とは、最初に出てきたものと後から出てきたものの差がかなりある場合、実際以上に最初のものとの差を感じやすいという傾向のことです。

たとえば軽いものAと、重いものBがあったとします。Bだけを持った時よりも、Aを持ってからBを持つと、よりBが重く感じられます。
実際よりもそのものの特徴を強く感じやすくなるのが、知覚のコントラストです。

大きな要求の後に、小さな要求を出された際も、同じように知覚のコントラストが働きます。比較された結果、2番目の要求がことさら小さく感じられ、要求を受け入れてしまいます。

責任と満足を感じる

譲歩法によって2番目の要求に同意した時、人は自分の働きかけによって相手に影響を与えたと感じていることがわかっています。それによって最終的に承諾したことに対し、責任を感じるようになります。さらに相手の譲歩の後に承諾することは、満足感を得られるようです。これは経験のある方もいるかもしれません。

たとえば、電気屋さんでテレビを買う時に値札に書かれた価格よりも下げてもらって購入できた時、私たちはその買い物に満足感を覚えます。そして「またこのお店で買おう」と思うことでしょう。
このような心の動きが、より小さな要求に承諾してしまう要因です。

まとめ

営業やマーケティングに携わるビジネスマンには、交渉における「返報性」が非常に有効な手段となるでしょう。本当にしたい要求よりも少し高い要求から提示するのが、ポイントです。その時、最初の要求の高さを見極めることも重要です。交渉する際には「誠実さ」を忘れないようにしましょう。

参考

  • ロバート・B・チャルディーニ(著)、社会行動研究会(翻訳)『影響力の武器[第三版]―なぜ、人は動かされるのか』誠信書房、2014年