PMBOKのリスク・マネジメントにおけるリスク対応戦略

2020年3月14日

リスクへの対応

PMBOKではプロジェクト・リスク・マネジメントの中でリスクを特定し、定性的・定量的分析を加え、リスクへの対応を計画していきます。
プロジェクト・マネジャー(以下、プロマネと略記)は認知された各リスクにどのような対処をしていくのかを判断しなければなりません。

脅威(マイナスのリスク)への戦略

「リスク」というと「良くないことがおこる可能性」とイメージされますが、経済学上で使う場合などは「不確実性」を表すもので、「良くないこと」を意味するものではありません。
そのため、リスクには脅威(マイナスのリスク)もあれば、好機(プラスのリスク)もあります。 プロマネはこの2種類のリスクに適切に対処していかなければなりません。
まずは脅威(マイナスのリスク)への対応戦略を考えていきましょう。
PMBOKでは脅威への戦略として、以下の5つの代替戦略を挙げています[1]PMBOK第6版、442~443頁。

  • エスカレーション
  • 回避
  • 転嫁
  • 軽減
  • 受容

ここからは、これらの5つの代替戦略について解説していきます。

エスカレーション

エスカレーションとは、上位者、上席者に指示を仰ぐことです。
例えばコールセンター業務に言えば、電話をとったオペレーターでは対応できない内容を質問されたら、上位の管理者に対応してもらい、それでも対応しきれない場合は技術者に交代してもらうことです[2]エスカレーション (ビジネス) – Wikipedia
このようにエスカレーターのように、だんだんと上位層に交代してもらうことをエスカレーションと言います。
プロジェクトであれば、プロマネやプロジェクト・チームだけで判断できないような脅威に対しては、プロマネを管理しているプログラム・マネジャーやPMO、そこでも判断できない場合は経営層に判断を委ねていきます。
エスカレーションを行った場合は、そのプロジェクトのリスク登録簿には残しておくものの、これ以上の監視は求められません。もともとプロジェクト・チームでは対応しきれないということでエスカレーションという戦略を採用したのですから、そこから先の対応はより上位の人に任せようということです。

回避

回避は脅威を取り除く対応です。
例えば「スケジュールが間に合わない機能の一部をあきらめる」などは回避の戦略になります。
このように、回避の戦略はプロジェクトの中で予定されていた内容を削減して対応することが多く、プロジェクトへの影響も大きくなります。その結果、プロジェクトマネジメント計画書を修正したり、時にはプロジェクトの目標を見直さなければならなくなります。
そのため、発生確率と影響度が高い脅威に対してのみ回避を行うほうがよいでしょう。

転嫁

転嫁は脅威が発生した場合に、その脅威の影響を第三者に移転することを指します。
具体的な例としては保険が挙げられます。
保険は保険料を支払う代わりに、事故が起こった場合にはその損害金額を保証してくれます。
このような形で、脅威によって発生する損害をプロジェクトとは別の第三者に移転することが転嫁の戦略です。

軽減

軽減は脅威の発生確率を低下させたり、影響度を小さくする処置をする戦略です。
実際のプロジェクトで最も採用されるのはこの軽減ではないでしょうか。
例えば、「サービスの公開後にバグが発生する」というリスクの発生確率を低下させるために「テスト項目を増加させる」という対応をとったり、「サーバーの障害」というリスクの影響度を小さくするため、「サーバーを2台体制にする(冗長化)」という対応をとることが脅威の軽減につながります。

受容

脅威の受容とは、一言で言うと何も処置をしないということです。脅威を認識し、そのまま受容するという意味です。
例えば「通信状況によってはWebサイト更新システムの予約投稿が設定した予約時間に比べて1分程度ずれることがある」というリスクがあったとします。
こうしたトラブルは発生確率も低く、1分程度であれば影響度も高いとは言えません。そのため、リスクとしてはプロジェクト・チーム内で認識しながらも、特別な対応はとらないということが多々あります。
このように発生確率が低く、影響度も小さい脅威については、対応しても費用対効果が高くないという場合には、受容するという戦略が採用されます。

好機(プラスのリスク)への戦略

先ほど述べたように、リスクにはプロジェクトの好機になるものもあります。
ITプロジェクトではあまり好機に対処するということはありませんが、イベントを開催するプロジェクトであれば、好機を上手くとらえることでより大きな成果をあげることができます。
PMBOKでは好機への戦略として、以下の5つの代替戦略を挙げています。

  • エスカレーション
  • 活用
  • 共有
  • 強化
  • 受容

ここからは、好機への戦略について簡単に見ていきましょう。

エスカレーション

好機に対するエスカレーションは、脅威と同じく、プロマネやプロジェクト・チームの上位者・上席者に判断を仰ぐことです。

活用

好機の活用はその好機による利益を捉えようとする戦略です。
例えば、「イベントの開催日を桜の開花時期にあわせる」というのは、好機の活用の典型例と言えるでしょう。

共有

好機の共有とは、その名の通り第三者と好機による利益を共有することです。
特別目的会社やジョイントベンチャーがこれの例に挙げられるものの、意思決定の人数が増えるため、その後のプロジェクト進行との兼ね合いを見定める必要があります。

強化

好機の強化とは、好機の発生確率を高めたり、影響度を大きくさせて、好機の利益を高めようとする戦略です。
例えば、「桜の開花にあわせてイベントを行う」ことは好機の活用ですが、さらに「桜に関するイベント名にしよう」というのは影響度を高めようとする強化の戦略です。

受容

好機の受容は、脅威の時と同じく、とくに積極的な対応をとらないことです。

プロジェクトの全体リスクのための戦略

これまで見てきた脅威への戦略好機への戦略個別のリスクに対してどのようにふるまっていくかを考えるものでしたが、プロジェクト全体のリスクに対しても対応戦略を考えていかなければなりません。
プロジェクトの全体リスクのための戦略は個別の対処を応用し、以下のような戦略を採っていきます[3]PMBOK第6版、445頁。

  • 回避
  • 活用
  • 転嫁と共有
  • 軽減と強化
  • 受容

回避

プロジェクトの全体リスクに与えるマイナスの影響が著しく高く、合意済みのリスクのしきい値を超えている場合は、回避戦略を採ることが検討されます。
しかし、プロジェクト全体のリスクに対して究極の回避戦略はプロジェクトの中止ということになります。
そのため、まずは当該リスクのマイナスの影響がしきい値内に収まるように対応していき、回避戦略は最後の手段としていきます。

こうした回避戦略が採られる例としては、スコープ、すなわち作業範囲の中の高リスク要素をプロジェクトから除去する場合が挙げられます。

活用

回避の場合とは逆に、プロジェクトの全体リスクのレベルが著しくプラスである場合は、活用戦略を採用することができます。
このような戦略が採られる例としては、高い利益が見込まれるスコープ(作業範囲)をプロジェクトに加えることによって、ステークホルダーへの価値やベネフィットを追加しようとする場合です。

転嫁と共有

プロジェクトの全体リスクのレベルは高いものの、所属している組織が効果的に対処できないという場合は、転嫁共有が検討されます。
リスクが与える影響がマイナスの場合は転嫁(移転戦略)が選ばれ、プラスの場合は共有が選ばれます。

軽減と強化

プロジェクト全体のリスクが与える影響がマイナスの場合は軽減戦略が、プラスの場合は強化戦略が採られることもあります。
これらの計画はプロジェクトの再計画やスコープと境界の変更、優先度の変更などで対応していきます。

受容

プロジェクトの全体リスクに対処するのに、積極的な対応戦略が採れない場合は、受容を選択することもあります。
受容にも能動的な受容受動的な受容があり、能動的な受容の場合は、コンティジェンシー予備を設定し、時間や資金、資源を用意しておきます。受動的な受容はこうした行動はとりません。

1PMBOK第6版、442~443頁。
2エスカレーション (ビジネス) – Wikipedia
3PMBOK第6版、445頁。