枯れた技術の水平思考とは何か?「ヨコイズム」と呼ばれる、横井軍平が任天堂に残した精神を解説

2022年6月29日

枯れた技術の水平思考とは

枯れた技術の水平思考とは、価格が安くなった古い技術の新しい使い道を考えることで、新しい商品を生み出すという手法のことです。
この言葉は任天堂で数々のおもちゃを生み出した横井軍平によるもので、その精神は「ラブテスター」や「ゲーム&ウォッチ」などの商品に体現されています。
また、横井軍平が任天堂を退社した後も枯れた技術の水平思考は受け継がれ、「ニンテンドーDS」は枯れた技術の水平思考の産物と言われています。

動画でも解説しています

今回の内容は動画でも解説しています。ぜひご覧ください。

横井軍平と枯れた技術の水平思考

任天堂に就職

1965年に同志社大学工学部電気工学科を卒業した横井軍平は、京都の任天堂に就職します。今でこそ世界的なコンピュータゲームの会社として有名な任天堂ですが、横井が入社した当時は花札を製造する会社でした。そのため、横井の電気工学の知識が活かせるような職場ではなかったのですが、横井は大学の成績が芳しくなかったため志望していた電機メーカーに採用されず、拾ってもらうような形で任天堂に就職したとされています。

入社してしばらく、横井の任天堂での仕事は花札に使われる糊の攪拌機の改良など機械の保守点検でした。しかし、その仕事の傍らで横井は自身でおもちゃを開発し、それを周囲の社員に見せびらかしていました。
それが当時の任天堂社長・山内溥の目に留まり、商品化を促されます。山内は任天堂に開発課を作り、横井を抜擢します。

枯れた技術の水平思考の誕生

開発課に転じた横井は様々なおもちゃを開発していきますが、その開発精神となったのが枯れた技術の水平思考でした。上述のとおり、この開発思想は価格が安くなった古い技術の新しい使い道を考えることで、新しい商品を生み出すというものです。
ここからは横井が手掛け、枯れた技術の水平思考の代表作とも言える2つの商品を紹介していきましょう。

ラブテスター

ラブテスターの写真
ラブテスターの写真(画像はWikiより)

ラブテスターは、1969年に発売されたおもちゃで、本体からは電流計のような形状の2本のコードが延びています。それらのコードの先端にはセンサーが付いており、この部分を2人が1つずつ握り、もう一方の手を互いに握り合うことで、メーターの針が動き、2人の「愛情度」の値が指し示されるというおもちゃでした。

愛情度について科学的な裏付けがあるわけではなく、一種のジョークグッズなのですが、「公然と女の子の手を握るための道具」という横井の狙いが話題を呼んだ商品でした。

このラブテスターで使われているのは、理科の授業で使われる検流計と同じ技術で、当時としても珍しくないものでした。この技術を愛情測定と結び付け、横井はラブテスターを開発しました。

ゲーム&ウォッチ

ゲーム&ウォッチの画像
ゲーム&ウォッチ(画像はWikiより)

ゲーム&ウォッチは1980年に発売された携帯ゲームです。この商品は横井が新幹線の中で暇潰しに電卓のボタンを押して遊んでいる人を見て、「暇つぶしのできる小さなゲーム機」を発案したことがきっかけになり、商品化しました。

「電卓のボタンを押して遊んでいる人」を見て思いついたと言われるだけあって、ゲーム&ウォッチに使われている技術は電卓と同じでした。
電卓需要が頭打ちだった当時、新たな販売先を模索していたシャープと協力し、ゲーム&ウォッチは発売に至りました。

このゲーム&ウォッチの大ヒットは、任天堂をコンピュータゲームの会社へと変容させる要因になりました。

枯れた技術の水平思考のメリット

枯れた技術の水平思考のメリットは、すでに一般化・陳腐化した技術を使うことによって、開発・製造コストを安くすることができることです。逆説的に言うと、これは技術競争には参加しないということにもつながります。
横井は1990年代半ばに「家庭用ゲーム機はアイデア不足。アイデア不足の逃げ道はCPU競争であり色競争しかないものだ」と、高性能化する家庭用ゲーム機を皮肉ったと言われています。CPU競争や色競争などの技術競争になると、その分開発費が嵩み、商品の値段も高くなります。その結果、高いだけの売れない商品が生まれてしまうことを横井は懸念していました。

古い技術の使い方を工夫することにより、オンリーワンの商品を生み出すことが、結果的には競争にならない、売れる商品が生み出せると横井は考えたのではないでしょうか。

その後のヨコイズム

独立と早すぎる死

ゲーム&ウォッチ以後も横井は様々な商品を開発していきます。代表作はゲーム&ウォッチを超える大ヒットとなったゲームボーイです。また、ファミリーコンピュータの開発にも参加しており、今日まで続く十字キーは横井のアイデアと言われています。
そんな横井は1996年に任天堂を退社し、商品企画を行う株式会社コトを設立しました。独立の経緯については、商業的に失敗に終わったバーチャルボーイの責任や、山内社長との不仲などの噂があるものの、横井自身は「50歳を過ぎたら好きな事をする」という気持ちからと述べています。
株式会社コトの代表的な仕事としてはバンダイから発売された携帯ゲーム機・ワンダースワンがあります。
しかし、第2の人生を歩み始めた矢先、1997年に横井は交通事故に遭い、かえらぬ人となります。

横井は自身の哲学を持って仕事をする人間であり、できるだけ社員はフラットな関係で、発言しやすい職場であることが望ましいと考えていました。こうした哲学や枯れた技術の水平思考などはヨコイズムと呼ばれ、今日の任天堂の経営哲学にも影響しています。

ニンテンドーDSと枯れた技術の水平思考

ニンテンドーDSの画像
ニンテンドーDS
脳を鍛える大人のDSトレーニング

横井の死後、枯れた技術の水平思考が使われた例として、ニンテンドーDSが挙げられます。
横井の独立前後から、グラフィックのよい他社製品に負けじと任天堂の開発部でも技術偏重が始まっていました。その結果、ニンテンドー64が発売されますが、高い技術にソフト会社がついて行けず、広く普及はしませんでした。
その後、任天堂は枯れた技術の水平思考に立ち返り、2004年に発売したニンテンドーDSは爆発的ヒットとなりました。その成功要因を当時の任天堂の社長・岩田聡は、同社に残っていた枯れた技術の水平思考の伝統だったと述べています。

実際にニンテンドーDSが発売された当時、画面にタッチして操作する技術は一般的であり、画面のグラフィックも当時発売されていた他社製のゲーム機に劣るものでした。しかし、任天堂はそれらの技術を上手く組合せ、大ヒットの商品を生み出しました。
ニンテンドーDSはソフトにも枯れた技術の水平思考が色濃く見られ、例えば脳トレブームの火付け役になった大ヒット商品「脳を鍛える大人のDSトレーニング」は、簡単な脳トレクイズをDSのタッチパネルを使って上手くゲーム化しています。

このように、枯れた技術の水平思考は任天堂の開発精神として今日に受け継がれています。

参考

書籍

  • 牧野武文『ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男』角川書店、2010年

Webページ