ゲーム理論とは何か? 囚人のジレンマ、ナッシュ均衡などの基本概念やビジネス現場での応用などを解説

ゲーム理論とは

ゲーム理論とは、ビジネスや外交などの意思決定の場において起こる事象を、「ゲーム」の枠組になぞらえて分析・研究する学問分野です。1940年代に誕生した歴史の浅い学問ですが、今日では経済学をはじめ、政治学、心理学など多岐にわたる分野と結びつき、現実における意思決定に多くの影響を与えています。

ゲーム理論では、個人間の駆け引きから国家レベルの交渉に至るまで、様々な事象をモデル化して捉えることができます。
例えば、職場の待遇に不満があり、上司に相談するか、それとも黙って我慢するかといったケースでも、自分と上司を「ゲーム」のプレイヤーと捉え、一方の行動に対して他方はどう対応するのが最適かを俯瞰で考えることで、起こる結果を予測できます。
部下が「待遇改善を求めて相談する」という行動を取った場合に、上司にとってはそれを「拒絶する」よりも「受け入れる」ほうが利益が大きくなるはずだと事前にわかっていれば、部下は迷いなく「相談」の選択肢を選べます。逆に、上司の「拒絶」が予見できるなら、それによって自分が現状より大きな損失を被ることを避けるため、部下は「我慢」を選ばざるを得ないでしょう。このように、ゲーム理論を用いれば、相手の選択を予測し、自分にとって最適の選択肢を導き出せるのです。

ゲーム理論モデルの有名な例

ゲーム理論における最も基本的かつ有名なモデルとしては、「囚人のジレンマ」「チキンゲーム」「コーディネーションゲーム」などが挙げられます。

囚人のジレンマとナッシュ均衡

「囚人のジレンマ」は、共犯として捕まった二人の囚人の司法取引をめぐるゲームです。二人の囚人は、互いに意思疎通を図れない状態で、以下の条件を提示されます。

  • 一人が自白して、もう一人が黙秘した場合、自白した者は無罪、黙秘した者は懲役3年となる。
  • 二人ともが自白した場合、二人とも懲役2年となる。
  • 二人ともが黙秘した場合、二人とも懲役1年となる。

相手が自白するか黙秘するかはわからないので、自分の利益を最大にする(この場合は無罪か最短の懲役年数で抑える)には、相手の出方のそれぞれに対する最適の行動を考えなければなりません。仮に相手が自白を選ぶなら、自分が黙秘すると自分だけ懲役3年になってしまうので、自分も自白してお互い懲役2年で抑えるのが最適となります。一方、相手が黙秘を選ぶなら、自分は自白すれば無罪、自分も黙秘するとお互いに懲役1年なので、やはり自白した方が利益が大きくなります。よって、相手がどう出るにせよ、自分は自白を選ぶべきということになります。
両者がこのルールを十分に理解し、合理的な行動を取るなら、このゲームは「二人とも自白」という結果に行き着くと考えられます。このように、両者が互いに相手の戦略に対して最適の行動を取り合っている状態は「ナッシュ均衡」と呼ばれます。ゲーム理論を用いて現実の状況を予測するには、各当事者がどんな行動を取ったときにナッシュ均衡になるのかを考えることが重要です。

一方で、各自が最大の利益を求めたナッシュ均衡の状態が、必ずしも全体にとって最良の結果とは限りません。先述のゲームでは、二人ともが黙秘してお互い懲役1年で済むほうが、ともに自白して懲役2年となるよりも優っています。互いに自身の利益を最大にしようと合理的に考えて行動した結果、かえって全体の利益が損なわれてしまう構造となっているのが、このゲームに「ジレンマ」の名がついている理由なのです。

チキンゲーム

危険な若者の遊びとして知られる「チキンゲーム」は、ゲーム理論でも基本的なモデルとして研究されています。このゲームでは、二人のプレイヤーが壁に向かって猛スピードで車を走らせます。ルールは以下の通りです。

  • 二人が同時にブレーキを踏んだ場合、お互いの利益は0である。
  • 一方が先にブレーキを踏んだ場合、そのプレイヤーはチキン(臆病者)のレッテルを貼られるという不利益を被り、相手は勝者として称賛されるという利益を得る。
  • 二人ともブレーキを踏まなかった場合、お互い壁に激突して最大の不利益を被る。

この場合は、相手が先にブレーキを踏むなら自分は踏まないのが最適であり、相手がブレーキを踏まないなら自分は踏むのが最適となります。相手の立場でも同じなので、自分がチキンになるか相手がチキンになるかの二通りのナッシュ均衡が存在していることになります。ナッシュ均衡が一つに定まらないため、両者の行動を予測するのは困難といえます。

コーディネーションゲーム

各当事者が同じ戦略を選ぶことがナッシュ均衡となる「コーディネーションゲーム」も、ゲーム理論の重要なモデルの一つです。
例えば、デートの行き先として映画とミュージカルという二つの選択肢があり、カップルのそれぞれにとっては、どちらを選んでも魅力に大差はないとします。この場合、二人が異なる行き先を選ぶとデートにならず、利益は0となるので、「二人とも映画」か「二人ともミュージカル」の二通りがナッシュ均衡となります。二人が同じ行き先を選びさえすればよいのであり、映画とミュージカルのどちらに行くのが利益が大きいかは、ここでは問題とはなりません。
実社会における、映像メディアなどの規格競争や、流行カラーの決定などは、この「どの選択肢でも大差ないが、皆が同じ選択肢を選ぶことで利益が最大になる」という構造と一致しています。

ビジネスの場での実践

ゼロサムゲームからプラスサムゲームへ

ゲーム理論はビジネスの場でも大いに活用されています。ビジネスの世界では、一方が得をすれば他方がそのぶん損をする「ゼロサムゲーム」ではなく、各当事者がともに利益を得られる「プラスサムゲーム」の構造に持ち込むことが重要といえるでしょう。
例えば、日用品としての低価格競争が熾烈化していた、シャンプーなどのヘアケア用品の分野において、2003年、花王は「アジアンビューティー」という新たな価値観で女性客にアピールする「アジエンス」ブランドを展開しました。これを受けて、ライバルの資生堂も、類似のコンセプトを掲げた「ツバキ」ブランドを投入し、市場のパイ拡大を狙いました。価格競争を仕掛けて戦う選択肢もあったはずですが、協調戦略によって業界全体の利益を最大化することを選んだわけです。ゲーム理論で市場や競合相手の状況を分析すれば、ゼロサムゲームや、両者が損をするマイナスサムゲームを回避し、プラスサムゲームを実現するための戦略を立てることができます。

ハーバード交渉学への発展

ゼロサム状態を脱し、プラスサムゲームを展開する具体的方法として、ハーバード大学のロジャー・フィッシャー教授が確立した「交渉学」が近年注目されています。ハーバード交渉学では、決まった大きさのパイを奪い合う「分配型交渉」から、パイを拡大してお互いの利益を最大化する「統合型交渉」への転換に重きが置かれています。
例えば、賃上げをめぐって企業側と組合側が争う労使交渉は、長引くほどに互いが疲弊していくという損失があるため、ゲーム理論的にはマイナスサムゲームといわれます。しかし、統合型交渉の考え方を用いれば、自他の関係を「パイを奪い合う関係」から「協力してパイを拡大する関係」に転換することができます。2010年、JALの経営再建に携わった稲盛和夫氏は、労使間の信頼関係が不十分だった状況を変えるために、経営状況を社内にオープンにし、人員削減に不満を訴える社員にも会社の窮状を正直に伝えて理解を求めていきました。その結果、労使間の関係は、一方が損をするゼロサムゲームから、互いに協力して価値を生み出すプラスサムゲームへと転じ、同社の経営は2年でV字回復を果たしたのです。
「統合型交渉への発展」という考え方は、こうした大企業の経営方針をめぐる事例から、小規模なプロジェクトの事例まで、ビジネスのあらゆる現場で応用することができます。

参考

  • 川西諭『ゲーム理論の思考法』中経出版、2019年
  • 小関尚紀『世界一わかりやすい「ゲーム理論」の教科書』中経出版、2013年
  • 田村次朗『ハーバード×慶應流 交渉学入門』中央公論新社、2014年
  • 日本交渉協会(編)『交渉学ノススメ』生産性出版、2017年