あなたの会社のゴールは利益?顧客満足?『ストーリーとしての競争戦略』で解き明かす「WTP」の重要性
「あなたの会社のゴールは何ですか?」
この問いに、あなたはどう答えるでしょうか。
「シェアの拡大」「顧客満足度の向上」「社会貢献」… 様々な答えが考えられます。
しかし、経営学者の楠木建先生による名著『ストーリーとしての競争戦略』は、企業の究極的なゴールは「利益」であると明快に断言しています[1]楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社、2010年。以下『ストーリーとしての競争戦略』と略記。
「利益がゴールなんて、当たり前じゃないか」と感じるかもしれません。
しかし、楠木先生の議論の面白さは、その「利益」をどのように捉え、どう生み出していくかを解き明かす独自の視点にあります。
この記事では、同書を基に、なぜ企業のゴールが「利益」なのか、そして利益の本質を理解する上で欠かせない「WTP」とは何かを、初心者にも分かりやすく解説していきます。
企業の究極的なゴールは、なぜ「利益」なのか?
![[画像:様々な方向を向いた矢印(シェア、成長、顧客満足など)の中で、「利益」と書かれた一本の矢印だけがゴールテープを切っているイメージ]](https://ssaits.jp/promapedia/wp-content/uploads/2025/07/1-1024x576.png)
楠木先生は、シェアや顧客満足といった他の多くの目標は、「利益」というゴールから派生する「手段」や「結果」に過ぎないと指摘します[2]『ストーリーとしての競争戦略』70頁。
シェアや成長は「手段」に過ぎない
「業界No.1シェアを目指す!」というのは、聞こえの良い目標です。
しかし、シェア獲得を最優先した結果、無理な価格競争に陥り、利益を損なって経営が悪化してしまっては本末転倒です。シェアや成長は、あくまで持続的に利益を上げるための「手段」であり、それ自体がゴールではありません。
顧客満足や従業員満足は「結果」である
「顧客満足度(CS)の向上が、結果的に利益につながる」という考え方もあります。しかし、楠木先生は、順序が逆であると説きます。
十分な利益を上げているからこそ、顧客満足や従業員満足(ES)を高めるための投資ができるのです。顧客や従業員を満足させることは非常に重要ですが、それは利益という土台があって初めて実現できる「結果」なのです。
![[画像:『利益』という土台の上に、『顧客満足』『従業員満足』『社会貢献』という柱が立っているイラスト]](https://ssaits.jp/promapedia/wp-content/uploads/2025/07/2-1024x576.png)
社会貢献や株価なども同様です。企業が利益を上げているからこそ、社会に還元したり、株主に報いたりすることができるのです。
利益を再定義する「WTP」とは?
では、その最も重要な「利益」とは、どのように計算されるのでしょうか。
楠木先生は、利益(P)を非常にシンプルな式で表現しています。
- P = WTP – C
Cはコスト(Cost)です。そして、この式の鍵を握るのがWTPです。
WTPとは “Willingness To Pay"の略で、直訳すると「支払う意思」。つまり、「顧客がその製品やサービスに対して、最大限いくらまでなら支払ってもよいと思えるか」という水準を指します[3]『ストーリーとしての競争戦略』174頁。
単に「価格」や「売上」とせず、「顧客の気持ち」を基準にしたこのWTPという言葉に、楠木先生のアイデアの核心があります。
WTPを身近な例で考えてみる
WTPは、価格が固定されていないものを考えると分かりやすいかもしれません。
例えば、あなたがゲームのキャラクターデザインを依頼するとします。
一方は世界的に有名な漫画家、もう一方は無名の新人イラストレーターです。
「あの有名漫画家が描いてくれるなら100万円でも払いたい。でも、知らない新人に頼むなら1万円でも高いな…」
![[画像:左側に有名漫画家風の美麗なキャラクターイラストと「WTP 100万円」の文字。右側にシンプルなキャラクターイラストと「WTP 1万円」の文字が並んでいる対比イメージ。]](https://ssaits.jp/promapedia/wp-content/uploads/2025/07/3-1024x576.png)
このように、提供されるものが同じ「キャラクターデザイン」であっても、相手によって「ここまでなら払ってもいい」と思える金額は大きく変わります。この「顧客が心の中で感じる価値」こそがWTPなのです。
利益を生み出すための3つの基本戦略
P = WTP – C という式から、利益を上げるための戦略は、突き詰めると以下の3つに大別されることがわかります[4]『ストーリーとしての競争戦略』180頁。
- WTP(顧客が支払いたい水準)を上げる
- C(コスト)を下げる
- ニッチ市場に特化し、競争を避ける
もちろん、現実のビジネスではこれらを組み合わせますが、自社の戦略の「軸足」がどこにあるのかを明確にすることが重要です。
「WTP向上」と「ニッチ特化」のジレンマ
『ストーリーとしての競争戦略』では、戦略要素間のトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たぬ、という関係)が重視されます。
例えば、「WTPを上げること」と「ニッチ市場に特化すること」は、しばしばトレードオフの関係にあります。
ある企業が、非常に狭いニッチな市場で、独自の地位を築いていたとします。
そこは「儲からない」と思われているから、大手は参入してきません。
しかし、その企業がWTPを上げるために製品の価値をどんどん高め、市場が魅力的になっていくとどうなるでしょうか。
「あのニッチ市場、意外と儲かるらしいぞ」と競合他社が気づき、次々に参入してきます。結果として、安住の地であったはずのニッチ市場は競争の激しいレッドオーシャンと化してしまうのです。
このように、自社の戦略がどのような副作用を生む可能性があるのかを考える上でも、WTPという視点は非常に有効です。
まとめ:あなたの会社の「WTP」は何か?
今回は、楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』を基に、企業のゴールと利益の本質について解説しました。
- 企業の究極的なゴールは「利益」である。
- 利益は P = WTP – C という式で考えられる。
- WTP(顧客が支払いたいと思う水準)こそが、利益、そして戦略の鍵を握る。
- 利益を上げる戦略は、「WTPを上げる」「Cを下げる」「競争を避ける」の3つに大別できる。
あなたの会社の製品やサービスは、顧客にとってどれくらいのWTPがあるでしょうか?そして、あなたの日々の業務は、そのWTPを高めることに、あるいはコストを下げることに、どう貢献しているでしょうか?
ぜひこの視点から、自社のビジネスを見つめ直してみてください。そこから、他社には真似できない、あなただけの強力な競争戦略の「ストーリー」が見えてくるはずです。