ワラスの4段階とは何か?マインドワンダリング状態を利用したアイデアが生まれるプロセスを解説
ワラスの4段階の概要

イギリスの学者であったグラハム・ワラス(Graham Wallas)は著書"The Art of Thought"の中で、創造的なアイデアは以下の4つの段階を経て生まれるとしています[1]三宮真智子『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める: 認知心理学が解き明かす効果的学習法』北大路書房、2018年、81頁。。
- 準備期
- あたため期(培養期)
- ひらめき期(発現期)
- 検証期
ワラスの4段階の特徴は、意識の辺縁、つまり無意識の状態でアイデアが生まれることを認め、その無意識のひらめきにどのように至るかを追った点です。
ここからは「ワラスの4段階」と呼ばれるこの4つのプロセスを解説していきます。
準備期
準備期の概要
準備期では、必要な情報をまとめたり、技術を蓄えたり、問題解決に熱中します。
この準備期と後述する検証期では、意識的に作業をしていきます。
明確な疑問を持つ
ワラスは準備期では知的教育のプロセス全体が関係していると述べています[2]グレアム・ウォーラス(著)、松本剛史(訳)『思考の技法』筑摩書房、2020年、73頁。。
つまり、その人の読書の習慣や執筆活動など、あらゆる面が準備期に影響します。
その中でもワラスは「明確な疑問を持つ」ことが、取り組んでいる問題を解決するために大切だと述べています[3]前掲『思考の技法』75頁。。
明確な疑問を持つと、情報収集などの際にも注意が向きやすくなり、課題に取り組む際のモチベーション維持にもつながります。
アイデア出しに取り組む際は、明確な疑問を持つことから始めましょう。
これだけではアイデアは出ない
準備期に多くの情報を取り込み、勉強をしていても、多くの場合、問題を解決できるようなアイデアは生まれず、次第に思考が停滞していきます。
しかし、思考の停滞はワラスは問題としませんでした。むしろ、多くの偉大な発見をした人たちは、無意識のうちにアイデアをひらめいたことに注目し、ここからの無意識の状態に注目しました。
あたため期(培養期)
あたため期(培養期)の概要
あたため期(培養期)は、一度問題について意識的に考えるのをやめる期間です。
他の仕事をしたり、気分転換で遊んだりして、考えが熟して自然に出てくるのを待ちます。
あたため期の思考は意識することはできないものの、この状態の時にアイデアは生まれます[4]前掲『思考の技法』77頁。。
ワラスはマラリアの闘病中に自然選択理論をひらめいたアルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)を例に出し、取り組んでいるものから一時離れる大切さを説いています[5]前掲『思考の技法』77頁。。さらには、心の休息だけでなく、時には体を動かすことも良いと論じています[6]前掲『思考の技法』81頁。。
マインドワンダリング状態を利用
あたため期は、考え抜いた後に問題から離れても、無意識に思考が継続するというマインドワンダリング状態を利用しています。
つまり、準備期で徹底的に問題解決に集中することで、その作業から離れたとしても、頭の中では継続的に思考をめぐらしています。
そのため、ワラスは準備期で「ある程度勤勉でなければ偉大な知的作業は成しえない」とも言っています[7]前掲『思考の技法』79頁。。ただ休むことがアイデアの発現につながるわけではありません。
勤勉かつ受動的な読書の習慣がアイデアの発現を妨げる
ワラスはアイデアの培養を妨げるものとして、「勤勉かつ受動的な読書の習慣」を挙げています。
ワラスはショーペンハウアーの「自身の思考を放棄して本の内容を鵜呑みにすることは、聖霊に対する罪である」という言葉を引用し、勤勉かつ受動的な読書の習慣を心身の休養の代わりに行われる中で最も危険なものとしています。
ひらめき期(発現期)
ひらめき期(発現期)の概要
ひらめき期(発現期)は、突如アイデアがひらめきます。アイデアがいつひらめくかは全く予測できず、ワラスも「私たちが意思を直接的に行使することで影響を及ぼすのは明らかに不可能だ」と述べています[8]前掲『思考の技法』85頁。。
このひらめき期でわかっていることは、問題への意識の焦点と、その焦点とは少し離れた辺縁の意識が関係しているということです。ワラスはこの意識の関係を太陽とコロナの関係にたとえており、「辺縁―意識」と呼んでいます[9]前掲『思考の技法』87頁。。
つまり、中心に据えた問題意識と、その周辺のさまざまなアイデアとの関係が高まった時に、アイデアが生まれるとワラスは考えました。
できることは「予兆」を逃さないこと
ひらめき期で私たちが意識的に取り組めることはありません。むしろ、意識をすることがアイデアの妨げになってしまいます。
マインドワンダリングの状態になり、さまざまな連想が頭に浮かんでくる状態をワラスは「予兆」と呼んでいますが、「何かひらめきそうだ」と思い、せっかく「予兆」を感じているのに、別の学習を始めてしまうと、予兆はなくなってしまいます。
とくに予兆を失う危険が高いものとして、ワラスは「その結論を―おそらくその連想が完了する前に―言葉に置き換えようとするプロセス」と言っています[10]前掲『思考の技法』99頁。。
小説家が「登場人物にしゃべらせる」という表現を使うように、頭に浮かんだアイデアを書き留める時には「文章を整えよう」「きれいな字を書こう」という意識を働かせず、無意識の状態を維持し続けることが大切です。
検証期
検証期では、ひらめいたアイデアを検証し、ブラッシュアップしていきます。
ワラスが思考の技法に注目した理由
社会心理学や政治学の分野で貢献したワラスが、アイデア出しの技法に取り組んだのは、第一次世界大戦というそれまで人類が体験したことの内容な戦争が起こり、政治、経済、宗教、倫理など、あらゆる分野で困難がベルサイユ体制の時代でした[11]前掲『思考の技法』13頁。。
ワラス以前にも、アイデアに至る思考プロセスの謎を取り扱った研究者はいましたが、ワラスのように「原理原則」を見いだそうとした人はいませんでした。
似ているアイデア出しの手法
このワラスの4段階に似ているアイデア出しの手法にジェームス W.ヤングのアイデアのつくり方の5段階があります。
アイデアのつくり方の5段階については、下記の記事をご参照ください。
参考
書籍
- グレアム・ウォーラス(著)、松本剛史(訳)『思考の技法』筑摩書房、2020年
- 三宮真智子『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める: 認知心理学が解き明かす効果的学習法』北大路書房、2018年
Webページ
- https://www.designreview.byu.edu/collections/graham-wallas-the-creative-process(2023年9月7日確認)
- https://en.wikipedia.org/wiki/Graham_Wallas(2023年9月7日確認)
- https://www.themarginalian.org/2013/08/28/the-art-of-thought-graham-wallas-stages/(2023年9月7日確認)
- https://en.wikipedia.org/wiki/Mind-wandering(2023年9月7日確認)