クリティカル・コアとは何か?『ストーリーとしての競争戦略』に学ぶ「非合理」な競争戦略

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[画像:ストーリーとしての競争戦略]
より詳しく知りたい方は、こちらの原著もぜひ手に取ってみてください

「なぜ、あの成功企業はこんな経営判断をするのだろう?」

ビジネスの世界で成功を収めている企業の戦略を分析すると、時折このような疑問に突き当たることがあります。非効率に見えるやり方を頑なに守っていたり、コストのかかる方法をあえて選んでいたり……。

経営学者の楠木建先生による名著『ストーリーとしての競争戦略』は、一見非合理な打ち手こそが、持続的な競争優位性を生み出す源泉であると説きます[1]楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社、2010年。以下『ストーリーとしての競争戦略』と略記
そして、その中核を担うのが「クリティカル・コア」という概念です。

この記事では、同書の要点を基に、戦略ストーリーの心臓部とも言える「クリティカル・コア」とは何かを、具体的な事例を交えながら初心者にも分かりやすく解説していきます。

「クリティカル・コア」とは何か?

[画像:複雑な歯車がかみ合っているイラスト。その中心で一つだけ、少し変わった形だが全体の動きを生み出している「クリティカル・コア」と名付けられた歯車が力強く回っているイメージ。]

楠木先生は、クリティカル・コアを以下のように定義しています[2]『ストーリーとしての競争戦略』295頁

戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素

簡単に言えば、物語の「キラーパス」のようなものです。
それ一つだけを取り出すと意図が分かりにくいけれど、ストーリー全体の文脈で見ると、それが決勝点につながる決定的で鮮やかな一手となる。そんな構成要素がクリティカル・コアです。

そして、ある構成要素がクリティカル・コアであるためには、2つの条件を満たす必要があります。

  1. 他のさまざまな構成要素と、同時に多くの「つながり」を持っていること
  2. 一見して「非合理」に見えること

この「一見して非合理」という点が、他社が安易に真似できない強力な参入障壁となり、持続的な利益の源泉となります。

【事例で理解】うまくいかないコーヒー店と、スターバックスの違い

このクリティカル・コアの概念を、身近なコーヒー店の例で考えてみましょう。

もしあなたが「利益最優先」のコーヒー店を開くなら

あなたは、長年の夢だったコーヒー店の開業準備を進めています。ビジネスのゴールは「利益」の最大化。そのために、あなたは以下のような方針を立てました。

  • 店舗の雰囲気: 内装費は徹底的に削減。ミニマルでシンプルな作りに。
  • 立地: 家賃を抑えるため、都心から離れた郊外の裏通りに。
  • スタッフ: 人件費を抑えるため、最低賃金のアルバイトを採用。
  • メニュー: 客単価を上げるため、高品質なスペシャリティコーヒーを強気の価格で提供。

「売上(メニュー)は最大化し、コスト(内装、立地、人件費)は最小化する」。 これは、利益を構成する要素を一つひとつ個別に見れば、非常に合理的な判断に見えます(部分最適)。

しかし、このコーヒー店が成功するイメージが湧くでしょうか?
「家賃の安い裏通りにあって、簡素な内装の店で、アルバイトの店員が入れてくれた高価なコーヒー」に、顧客は喜んでお金を払うとは思えません。
このお店の経営戦略は、各要素がバラバラで「つながり」がなく、一貫したストーリーになっていないのです。

スターバックスは何が違うのか?

[画像:スターバックスの店舗のような、人々がリラックスして過ごしているお洒落なカフェの内装]

次に、同じ項目をスターバックス(以下、スタバ)で見てみましょう。

  • 店舗の雰囲気: ゆったりとくつろげるよう、内装や家具に徹底的にこだわる。
  • 立地: 家賃が非常に高い、都市部の一等地を中心に出店。
  • スタッフ: フランチャイズではなく直営にこだわり、手厚い教育制度で質の高い人材を育成。
  • メニュー: 高品質なスペシャリティコーヒーを提供。

コストだけを見ると、スタバの経営は非常に「非合理」に見えます。
特に、急速な店舗展開を目指す上で、コストのかかる直営方式にこだわるのは、短期的な利益だけを考えれば悪手に見えるかもしれません。

しかし、この経営判断は、スタバの「家庭でも職場でもない、リラックスできる第三の場所(サード・プレイス)」というコンセプトで結ばれています。
このコンセプトを実現するためには、最高のコーヒー(メニュー)はもちろんのこと、それを楽しむための心地よい空間(雰囲気)、気軽に立ち寄れる便利な場所(立地)、そして素晴らしい体験を提供する従業員(スタッフ)が不可欠です。

これら全てが「サード・プレイス」というコンセプトの下で有機的に「つながる」ことで、初めてスタバの価値は生まれます。
そして、コストのかかる直営方式へのこだわりこそが、店舗の質を維持し、ブランドイメージを一貫させるための「一見、非合理に見える」クリティカル・コアなのです。

部分最適ではなく、全体のストーリーで考えよう

今回の例から分かるように、ビジネスの各要素をバラバラに見て、それぞれのコストを下げたり、売上を上げようとしたりする「部分最適」は、多くの場合うまくいきません。

クリティカル・コアを特定するとは、自社のコンセプトを実現するために、どの要素をあえて「非合理」に実行し、それを他の要素とどう「つなげる」ことで、全体として強力なストーリーを紡ぐか、を考えることです。

スタバの例で言えば、「直営へのこだわり」というクリティカル・コアが、「質の高い人材」や「一貫した店舗体験」といった他の要素と強固につながり、「サード・プレイス」というコンセプトを実現しています。
この強固なつながりこそが、他社が表面的なメニューや内装だけを真似しても決して追いつけない、持続的な競争優位の源泉となっているのです。

あなたのビジネスにおいて、競合から見ると「なぜあんな非効率なことを?」と思われるような、しかし、あなたの戦略ストーリー全体にとってはなくてはならない「クリティカル・コア」は何でしょうか?
ぜひ一度、その視点から自社のビジネスを見つめ直してみてください。

1楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』東洋経済新報社、2010年。以下『ストーリーとしての競争戦略』と略記
2『ストーリーとしての競争戦略』295頁