人工知能をめぐる動向 ~松尾豊『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』を中心に解説~

2023年4月4日

2022年に立て続けに発表された画像生成AIや、2023年に入ってから連日ニュースなどでも取り上げられているチャットボットAIなど、人工知能は直近の1年で大きな進展を見せています。
この記事では、松尾豊『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』の内容を中心に、人工知能のこれまでの動向や課題を解説します。

人工知能(AI)とは?

まずは、人工知能(AI)についての、基礎的な用語をまとめていきましょう。
人工知能(AI:Artificial Intelligence)とは、1956年に行われたダートマス会議において初めて用いられた単語です。
著名な研究者のジョン・マッカーシー(John McCarthy)がAIという単語を用いたことで、それ以降は学術的な研究分野として認められることとなりました。

AIに関する明確な定義はない

広義でのAIは「人間と同じような知的な処理を行う機械」と定義されています。
一方で「知性」や「知能」そのものに明確な定義が存在しないため、「人間と同じような知的な処理」とは何かという点で専門家の中でも意見は一致していません。
日本国内の著名な専門家においてもAIに関する定義が異なります。
したがって、今現在においても推論・認識・判断を行うシステムに対して「これはAIであり、これはAIではない」と区別することができません。

AIとロボットの違い

AIと紐づけて考えられる存在として「ロボット」が挙げられます。
2014年に発表されたペッパー(Pepper)くんの登場から、いっそう「人間のようなロボット = AI」かのような認識が広まりました。
しかし、専門家の間ではロボットとAIは明確に分離されています
AIはロボットの脳に当たる部分であり、ロボットそのものはAIではありません。

シンギュラリティとは?

人工知能分野におけるシンギュラリティ(Singularity)とは、「技術的特異点」とも言われており「AIが賢くなり、AIがAI自身よりも賢いAIを作り出せるようになった瞬間に超越的な知性が誕生する」という仮説です。
シンギュラリティの概念は、1993年にSF作家のヴァーナー・ヴィンジ(Vernor Vinge)の著書である『The Coming Technological Singularity』によって定義されました。
そして2013年に実業家であるレイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)が「シンギュラリティは2045年に起きる」と予測したことで注目を集めることとなりました。

シンギュラリティはこない?

シンギュラリティ発生の可能性が報道されることが多くなりましたが、シンギュラリティに否定的な意見も多くあります。
たとえば『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者である新井紀子先生は「シンギュラリティは来ない」と断言しています。
その理由は、今日「AI」と呼ばれているものは、あくまで「AI技術」であり、「真のAI」、つまり人工知能を実現させる過程の技術であるからです。

マンガや映画にでてくる、人間のようなロボットが人工知能(AI)のゴールだとすれば、このゴールを実現するために目や耳の機能を作っているのがAI技術です。

画像認識技術や音声認識技術などのAI技術は近年飛躍的に高まったものの、それは最終的なAIに使われる目や耳が少しできたかな程度の話で、シンギュラリティが発生するようなAIはまだ存在せず、AI技術の延長線上にはありません。

第1次AIブーム(推論と探索の時代  1950年代後半~1960年代)

ここからは、これまでのAIブームを時系列で追っていきます。まずは「第1次AIブーム」です。
第1次AIブームでは、「推論」や「探索」の研究が進み、特定の問題に対してAIが答えを提示することができるようになりました。
探索木と呼ばれる考え方を用いることで、迷路やパズル、ハノイの塔と呼ばれる問題を次々と解くことに成功しました。

課題:現実の問題に適用できない

この探索木ではパズルのようなトイ・プロブレム(おもちゃの問題)は解けても「熱と頭痛がある時にどんな治療法が考えられるか?」のような現実の問題を解くことは困難でした。
また、この技術を用いて機械翻訳の実現を目指していましたが、それが困難であるということを示したALPACレポートの発表によってAIに対する失望感が広がり、第1次AIブームは終焉を迎えます。

第2次AIブーム(知識集積の時代 1980年代)

次のAIブームである「第2次AIブーム」は1980年代に起こりました。
第2次AIブームではデータベースに大量の知識を詰め込んだエキスパートシステムが注目を集めます。

医者らしく振る舞う「MYCIL(マイシン)」

1970年代にスタンフォード大学で開発された「MYCIL(マイシン)」は、感染症の患者を診断し適切な抗生物質を処方するようにデザインされたAIです。
患者がAIからの質問に答えていくと、感染症を特定して適切な処方を行うことが可能でした。

この考え方を元に、金融・会計・生産などそれぞれの分野の専門知識を有したエキスパートシステムの開発が急速に進んでいきました。

課題:知識の収集や一般常識の定義化が困難

エキスパートシステムには、知識の維持管理といった作業が非常に困難であるという課題がありました。
知識集約のために専門家からヒアリングで知識を聞き出す必要がありますが、膨大な知識を常に最新化したり、人ごとの解釈の違いを体系化したりする営みは困難を極めました。

また、AIには曖昧な情報から物事を特定するのが困難であるという課題がありました。

これをシンボルグラウンディング問題と言います。

人間は、幼少期に絵本などで犬を認識すると、実際に街中で柴犬やポメラニアンなど品種の異なる犬を見ても「犬である」と認識することが可能です。
しかしAIは、「毛が長い」「ワンと鳴く」「四足歩行」「色は..」といった形で全てを定義する必要があります。
こういった一般常識の蓄積も困難ということが明らかになり、AIブームは衰退していきました。

第3次AIブーム(機械学習・深層学習の時代 2010年代~)

機械学習と深層学習

第3次AIブームは2010年代から始まりました。
火付け役となったのは機械学習(マシンラーニング)深層学習(ディープラーニング)です。

機械学習は人工知能のプログラム自身が学習する仕組みです。シンボルグラウンディング問題で紹介したように、当時のAIの問題は、「犬」を認識するために、その形状全てを定義する必要があったことです。
しかし、機械学習では何が犬で何が犬でないかを、膨大なデータから判断できるようになりました。

その機械学習の中でも「人工知能研究における50年来のブレークスルー」と言われるのが深層学習です。
機械学習が誕生し、「プログラム自身が学習する」といっても、まだまだその内実はプログラムの設計者の調整に性能が大きく左右されていました。
たとえば、「何をもって『3』と認識するのか」「『3』と『8』は何が違うのか」という特徴を、従来はプログラマやアルゴリズムの設計者が考えていました。
しかし、深層学習ではそうした特徴も、プログラム自身が考えるようになります。

トロント大学の「SuperVision」

深層学習が一気に注目されたのが、2012年に開催された世界的な画像認識コンペティションです。
このコンペティションにおいて深層学習を使ったトロント大学の「SuperVision」というAIが、他の名だたる有名大学を押さえて圧勝しました。
このコンペティションでは1000万枚の画像で学習し、15万枚のデータでテストして性能を競います。
他の大学ではエラー率26%台で争っているのに対し、SuperVisionはエラー率15%という数値をほこりました。
つまり、画像認識の精度が、他の技術に比べて格段に高かったことを証明しています。

チェスや将棋で人間を超える

この深層学習の登場によって、さまざまな分野でAIが人間を超えていきます。

1997年にIBM社が開発した「Deep Blue(ディープブルー)」が当時のチェスの世界チャンピオンであったゲイリー・カスパロフと対戦して勝利を収めています。
一方で、将棋は取った駒を自陣の戦力にできるというゲームの性質上、計算量が膨大であるためAIが人間に勝つのはまだ先だと言われていました。
しかし2017年前後には将棋AIの「Ponanza(ポナンザ)」が棋界最高位の「名人」に勝利するなど、第1次AIブームの課題であったトイ・プロブレムからの発展を見せています。

チャットボット「ChatGPT」

ChatGPTは、自然言語処理技術を用いたAIであり、まるで人間のような受け答えができるとして注目を集めています。
第2次AIブームの際に課題となった知識の維持管理の問題は、ビッグデータ技術の進歩によって薄れつつあります。
現段階のChatGPTは、誤った内容を回答することもありますが、今後さらに学習が進めば人間よりも豊富な知識で、より人間らしい文章を作成することができるようになると期待されています。

画像生成AI「Stable Diffusion」

2012年『Googleの猫』といわれる画像が発表されました。
これは、膨大な学習によってAIが自発的に猫を学習し、猫という概念を理解したということで大きな話題となりました。

2022年に発表された「Stable Diffusion」は、人間が文章でイラスト内容を指示することで、イラストレーターが描いたような画像の生成が可能となりました。
「かわいい犬」のようにキーワードを指定することで、AIが「かわいい」や「犬」の概念からイラストを自動生成します。

AIが膨大なデータの学習によって概念を理解することができるようになったことで、シンボルグラウンディング問題の解消にも大きく近づきました。

最後に

2022年からのAIの進歩は凄まじく、この期間を第4次AIブームと定義する考え方もあるようです。

AIは、ビッグデータやコンピュータの処理速度の発展と共に成長を続けています。

ChatGPTやStable Diffusionの登場で、簡易な調査レポートの作成やイラストの生成では、AIは人間と見分けがつかない生成物を出力できるようになってきました。
その過程で、いくつかの職業はAIによって代替可能とまで言われています。

また、人工知能の研究者である齊藤元章氏はシンギュラリティの前の社会変動(プレ・シンギュラリティ)は2030年頃に起こるとしています。
これからもAI技術の動向に注目です。

参考

書籍

  • 新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社、2018年
  • 松尾豊『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』KADOKAWA、2015年

Webページ

  • https://wired.jp/2015/08/25/motoaki-saito/(2023年3月27日確認)
  • https://www.rbbtoday.com/article/2012/06/27/90985.html(2023年3月27日確認)
  • https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2209/16/news041.html(2023年3月27日確認)