プロジェクトマネジメントを学んでいると、「ガバナンス(Governance)」という言葉によく出会います。
初心者の方の中には、「ガバナンス=手続きやハンコが多くて、現場をルールで縛り付ける面倒なもの」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
しかし、PMBOK第8版では、ガバナンスを「プロジェクトを成功に導き、価値を最大化するためのもの」として非常に重要視しています。
ガバナンスはいわば、プロジェクトが脱線して崖から落ちないように守ってくれる「ガードレール」のような存在です。
今回は、PMBOK第8版で解説されている「組織ガバナンス」と「プロジェクトガバナンス」の違いについて、分かりやすい例えを交えて解説します。
「2つのガバナンス」は憲法と条例に似ている

PMBOK第8版では、ガバナンスを大きく2つの階層に分けて説明しています。この2つの関係性は、国や自治体のルールである「憲法(法律)」と「条例」の関係にそっくりです。
組織ガバナンス(=憲法や国の法律)
組織ガバナンスとは、会社や組織全体を統治するための「大きな方向性と絶対的なルール」です。
- 内容: 国の法律、業界の規制、コンプライアンス、倫理観、会社全体のビジョンや戦略など。
- 特徴: 組織の経営層によって定められ、絶対に守らなければならない強固な基盤です。頻繁に変わることはありません。
プロジェクトガバナンス(=地方自治体の条例)
プロジェクトガバナンスとは、組織ガバナンス(憲法)という大枠のルールの範囲内で、「今回の個別のプロジェクトをどう上手く回すか」を定めた具体的な枠組みです。
- 内容: 誰が意思決定をするのか、どのように情報共有するのか、品質基準をどうするかなど。
- 特徴: プロジェクトはそれぞれ目的や環境(独自のコンテキスト)が異なるため、ガチガチの官僚的なルールではなく、状況に合わせて適応できる「機動的で柔軟なフレームワーク」であることが求められます。
柔軟だからといって「朝令暮改」はNG

プロジェクトガバナンスは、国の法律に比べれば柔軟(適応性がある)です。状況が変われば、プロジェクトマネージャーの判断でルールを調整(テーラリング)していく必要があります。
しかし、ここで注意しなければならない落とし穴があります。
「柔軟で機動的であること」と「ルールがコロコロ変わる(朝令暮改)こと」は全く別物だということです。
「やっぱりこの機能を追加して」「やっぱり担当者を変更して」と、確固たる基準なしにその場しのぎでルールや方針を変えてしまうと、現場のメンバーは振り回され、プロジェクトはあっという間に大混乱に陥ります。
柔軟にプロジェクトを進めるためにも、「変更が発生した時に、誰が、どうやって決断を下すのか」という基本的な意思決定のメカニズムだけは、プロジェクトの初期段階でガッチリと固めておく必要があります。
これだけは押さえたい!意思決定の仕組み
PMBOK第8版でも言及されている、プロジェクトを朝令暮改の混乱から守るための代表的な仕組みを2つ紹介します。
RACI(レイシー)マトリックス
タスクや意思決定に対して、誰がどのような権限と責任を持っているかを明確にする表のことです。以下の4つの頭文字を取っています。
- R (Responsible / 実行責任): 実際にその作業を行う人
- A (Accountable / 説明責任): 最終的な決定権を持ち、結果に責任を負う人(※1つのタスクにつき必ず1人)
- C (Consulted / 相談対応): 決定を下す前に意見を求められる専門家など
- I (Informed / 情報提供): 決定や結果が事後報告される人
「誰が決めるのか(A)」が曖昧なまま進むと、「言った・言わない」のトラブルになり、ガバナンスが崩壊します。

ステアリング・コミッティー(運営委員会)
プロジェクトの重要な方針変更や、予算の追加、現場のプロジェクトマネージャーだけでは解決できない大きな課題(エスカレーションされた問題)を解決するための上位の意思決定機関です。
通常は、プロジェクトのスポンサー(資金提供者)や経営層、主要部門の代表者などで構成されます。
現場で迷ったときに「最終的にどこにお伺いを立てればいいのか」というルート(運営委員会)が存在することで、プロジェクトは戦略から脱線せずに進むことができます。

まとめ:ガバナンスはプロジェクトを戦略に繋げるハブ
組織の大きな戦略(憲法)があり、それを実現するための柔軟なルール(条例)をプロジェクトごとに敷く。そして、RACIや運営委員会といった意思決定の仕組みを機能させる。
この組織ガバナンスとプロジェクトガバナンスの美しい連携があって初めて、プロジェクトの活動は「単なる作業」で終わらず、組織に価値(Value)をもたらす戦略的な取り組みへと昇華するのです。
「ガバナンス」という言葉に苦手意識を持っていた方は、ぜひ「プロジェクトとメンバーを守り、正しいゴールへ導くための大切なガードレール」として捉え直してみてください。

