2026年の本屋大賞は、朝井リョウ氏の『イン・ザ・メガチャーチ』が受賞しました。
あるアイドルグループの運営に参画することになった男の視点などを通じて、ファンダム経済や「チャーチ(メガチャーチ)マーケティング」の裏側を描いた本作は、その入門書としても非常に有効であり、それだけでもビジネスパーソン必読の一冊と言えます。
しかしその一方で、主人公の一人であり、家族と離れて暮らす男「久保田慶彦」の姿が、40代になった自分に痛いほどわかり、その点でも深く惹き込まれる作品でした。
今回は、久保田のセリフや心情から、現代を生きる私たちが直面する「40代の悩み(中年の危機)」について考えていきます。
やってこなかったことが還ってくる

人生とは、これまでやってきたことが還ってくるものだと思っていた。[中略]
ただ、これからは違うのかもしれない。今後還ってくるのは、これまでやってきたことよりも、これまでやってこなかったことのほうなのかもしれない。
これは、久保田の心境を語った『イン・ザ・メガチャーチ』の冒頭の文章です。
私を含め、この久保田の独白にハッとさせられ、心を打たれた読者は多いのではないでしょうか。
久保田は決して悪い人ではありません。むしろ、仕事もしっかりとこなし、娘のためにせっせとお金を貯める「よい人物」なのかもしれません。
「なのかもしれません」というのは、彼が仕事に情熱を注ぐあまり家庭を顧みることが少なく、現在は離婚してしまっているからです。娘とは、定期的にスマホのビデオ通話をするのみの希薄な関係になっています。
また、かつて情熱を注いでいた仕事も、自分の強みであった洋楽のブームが終わり、現在ではこれまでの経歴とは関係の薄い経理の仕事をしています。脚本家を目指していた時期もありましたが、現在はその勉強もおろそかになっています。
「これまでやってこなかったこと」が自分に還ってきていると実感しながら、孤独に一人、インスタント味噌汁を飲む日々を久保田は送っています。
意外と先が長いかもしれない、けれども行動もできない

下手したらこのまま、もう四十七年だって生きてしまうかもしれないこと。
大人になってから痛感するのは、「人生は思いのほか長い」ということです。
子どもの頃、20代より先の人生というのはまるで想像できませんでした。読んでいる漫画やドラマの主人公は10代、年上でもせいぜい20代という世界の中で生きており、「30歳や40歳から何をするのか」なんて想像の範疇を超えていました。
しかし、現実に自分が40代になって振り返ると、子どものころ考えていたより人生ははるかに長く、想像もつかない出来事が待っています。さらに言えば、現代の平均寿命と照らし合わせると、ここからまだ30年以上の人生が残っている可能性も高いのです。
けれども、今の人生に満足していなければ、その「残りの長い人生」は不安でしかありません。
47歳の久保田は、「もしかすると、もう47年もこの無味乾燥な人生が続くのではないか」と深い不安を感じています。
しかし、だからといって「あと47年あるかもしれないのだから、今日から一念発起して脚本家を目指すぞ!」とポジティブに行動できるわけでもなく、ただ悶々とするだけの生活を送っています。
この心境も、痛いほど共感できるところです。
「だって、47年生きるかもしれないけれども、60歳を迎える前に人生が終わることもあるじゃないか」
劇中で久保田が直接こんなことを言うわけではありませんが、内心ではそうした虚無感や諦めも抱えているのではないでしょうか。
「先が長いことはわかっている。けれども、短いかもしれない。だから、行動にも移せない」
そんな40代特有のリアルな葛藤が、彼の姿から読み取れます。
久々につかんだチャンス!久保田は表舞台に返り咲けるのか?
鬱々と暮らしている久保田に、急に白羽の矢が立ちます。
「久保田をシナリオライターとして迎え、新しいアイドルグループのプロモーションを仕掛けていきたい」と、かつての同僚・橋本から声がかかるのです。
そして久保田は、どうしたらアイドルの「信徒(熱狂的なファン)」を増やせるか、つまり「メガチャーチマーケティング」の手法を実践の中で覚えていきます。
はたして久保田は、この千載一遇の機会を利用して、再び人生の表舞台に返り咲けるのでしょうか?
ビジネスの最前線を描くお仕事小説としても、中年の危機を乗り越える人間ドラマとしても極上のエンターテインメントです。ぜひ、朝井リョウ氏の『イン・ザ・メガチャーチ』を手に取って読んでみてください!


