最近、1990年代前半に出版されたビジネス書『One to Oneマーケティング』を読み返しました[1]ドン・ペッパーズ、マーサ・ロジャーズ 著、井上利明 監訳『ONE to ONE マーケティング ― 顧客リレーションシップ戦略』ダイヤモンド社、1995年。
皆さんは、この本が書かれた当時の時代背景をご存じでしょうか。Windows 95が発売される前、つまりインターネットが一般に普及する前の時代です。
しかし、この本を今読んでみると、ある驚くべき事実に気づかされます。本書は、スマートフォンやソーシャルメディアがインフラとなった「現代のSNS社会」の姿を、まるで見てきたかのように正確に予見しているのです。
今回は、本書が描いた「ワン・トゥ・ワン・フューチャー(未来)」と現代のSNS社会を照らし合わせ、その恐るべき先見性に迫ります。
「双方向メディア」の爆発的普及
本書では、テレビや新聞のような「企業から大衆への一方通行」のマス・メディアから、これからの時代のニュー・メディアへの移行が予見されていました。
【本書の予見】
これからのメディアは「個別にアドレス可能」「双方向的」「費用がかからない」という3つの特徴を持ち、企業と顧客が1対1で、コストをかけずに直接コミュニケーションを取る時代が来る。
【現代の答え合わせ:SNSの台頭】
現在、私たちは誰もがSNSアカウント(個別のアドレス)を持ち、企業と消費者がX(旧Twitter)やInstagramのリプライ、ダイレクトメッセージを通じて無料で直接対話できるようになりました。
本書が理想とした「一方的な宣伝(モノローグ)から対話(ダイアローグ)への移行」は、まさにSNSによって現実のものとなっています。
「顧客同士のコミュニティ」の形成
著者は、企業と顧客の対話だけでなく、電子掲示板などを利用した「顧客同士の対話」の重要性も指摘していました。
【本書の予見】
物理的な距離の制約を全く受けることなく、お互いの共通の関心事によって集う「ネットワーク上のコミュニティ」や「ネットワーク上の集会場」が世界中に発生する。
【現代の答え合わせ:ハッシュタグとオンラインサロン】
SNS上の「ハッシュタグ」や「オンラインサロン」、趣味でつながるフォロワー同士の交流などは、まさに「ネットワーク上の集会場」です。
現代の企業は、自社製品のファン同士がつながる場を意図的に提供し、そこで生まれる口コミや熱量(ファンダム)によってブランドの価値を高めています。
情報の「パーソナライズ」と「カスタマイズ」
マス・メディアが万人に向けて同じ情報を発信するのに対し、未来のメディアは一人一人の興味に合わせた情報提供が可能になると予見しています。
【本書の予見】
コンピュータやネットワークを通じて、自己選択方式のニュース・サービスが登場し、自分の関心のあるニュースや情報を簡単に入手できるようになる。
【現代の答え合わせ:アルゴリズムによる「おすすめ」機能】
TikTokやYouTube、Xなどのタイムラインは、「アルゴリズム」によって個人の行動履歴や趣味嗜好を分析し、一人一人に全く異なる「あなたへのおすすめ」を表示しています。
私たちは今、情報の「個別特注化(カスタマイズ)」がAIによって自動で行われている世界を生きています。
「ホスト・システム」=現代の巨大プラットフォーマー
本書で最も鋭い予見の一つが、第9章で語られた「プライバシー問題」に対するビジネスモデルの予測です。
【本書の予見】
消費者のプライバシーを保護しつつ、マーケターからのメッセージを仲介する「ホスト・システム(プライバシーの仲介者)」というビジネスが登場する。このシステムは、消費者の匿名性を守りながら、関心のある情報だけを届ける役割を果たす。
【現代の答え合わせ:AppleやGoogleのプライバシー規制】
現在、Apple、Google、Metaといった巨大IT企業が、この「ホスト・システム」の役割を担っています。
近年、個人情報保護の観点から「Cookieの規制」や「アプリのトラッキング制限」が厳しくなっていますが、これは著者が警告した「プライバシー侵害への反発」そのものです。企業が勝手に個人情報を集めるのではなく、プラットフォーマー(ホスト・システム)が情報を安全に管理し、ターゲティング広告を仲介するという構図が見事に的中しています。
まとめ:私たちは「予測された未来」のど真ん中にいる
本書が30年以上前に提唱した「すべての人に同じものを売るマス・マーケティングの終焉」と、「一人一人のニーズに合わせたOne to Oneマーケティングの到来」。
この概念は、インターネットとスマートフォン、そしてSNSの普及によって、社会の当たり前のインフラとして完成しました。
インターネットすら無かった時代に、テクノロジーの進化がもたらす「人間関係とビジネスの変化」をここまで精緻に描き出していた『One to Oneマーケティング』。
私たちは今、著者が想像した「ワン・トゥ・ワン・フューチャー」のど真ん中を生きているのだと、改めて実感させられる一冊です。
注
| ↑1 | ドン・ペッパーズ、マーサ・ロジャーズ 著、井上利明 監訳『ONE to ONE マーケティング ― 顧客リレーションシップ戦略』ダイヤモンド社、1995年 |
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