選好の逆転とは何か?起こる要因や活用事例を解説
選好の逆転とは
選考の逆転とは、状況によって、人の好みや優先順位が変わってしまう現象です。この現象は、認知心理学者のポール・スロヴィッチとサラ・リヒテンシュタインによる、カジノでの実験で明らかにされました。
A 賞金は低いがもらえる確率は高い(7000円が80%)
B 賞金は比較的高いがもらえる確率は低い(7万円が10%)
あなたはどちらを選びますか?さて、今度は先のAとBに金額をつけてみるとしよう。
マッテオ・モッテルリーニ(著)、泉典子(翻訳)『経済は感情で動く : はじめての行動経済学』紀伊國屋書店、2008年、47~48頁
お金に換算した場合、どちらの方を高く見積もりますか?
前者の質問では、67%の人がAを選び、後者の質問になると、71%の人がBを高く見積もりました。つまり、単純に「どちらを選ぶか」と聞かれた場合は、賞金がもらえる確率の高いAを選びますが、「どちらの賞金の方が高そうか」と聞かれると期待値的にBを高く見積もる傾向があります。
このように、同じ選択肢でも評価が変わってしまうことがあります。
また、本来は一定であるはずの「好み」が、ある状況ではその優先順位が変わってしまうというのは、一見不思議に思えます。しかし、この現象が起こるのには、理由があります。
選好の逆転が起こる理由
いくつかの心理学的な要因が働き、選好の逆転は起こります。
比較による効果
人は物事を比較して、評価します。比較対象が変われば、評価が変化することもあります。
AとBの2つの選択肢がある場合、AとBを比較して評価します。しかし、Cが追加されると、AとC、BとCを比較します。このように比較対象が変化することで、評価(選択)が変化することがあります。
たとえば、昼休みに会社の食堂で、焼肉定食と焼き魚定食のどちらかを食べようと考えていたとします。
しかし、食堂に行ってみると、新メニューのミックスフライ定食が追加されていました。すると、逆転してミックスフライ定食を選ぶことがあります。
順序による効果
提示される順序によっても評価は変わります。たとえば、商品AとBについて、Aを先に提示された場合と、Bを先に提示された場合では、評価が異なることがあります。
非合理な選好の逆転の例
人はいつでも合理的な判断を下せるわけではありません。時には、それが非合理であっても選択してしまう場合があります。
現状維持を選ばせる多彩なオプション
今、乗っている車が古く、あちこちに小さな故障が出ています。新車を購入しようと販売店に行きました。
新車は300万円、オプションとしてカーナビが10万円、ドライブレコーダーが3万円、5年保証が8万円、エンジンを強力なものにすれば、シートをもっと良いものにすれば……と際限がありません。求めるオプションをすべてつけると、結局400万円になってしまいました。
A オプションのついた新車
B オプションなしの新車
C 今乗っている古い車
CよりもB、BよりもAと思っていたはずなのに、結局はAよりもC、つまりオプションのついた自分好みの新車よりも、今乗っている古い車を選んでしまうことがあります。
選好の逆転の活用
選好の逆転は、実は日常の様々なところで使われています。特にマーケティング戦略においては、非常に重要です。マーケターは、人々の選好がどのように変化するのかを理解し、それに応じた戦略を立てています。
プライシング戦略
価格は、商品やサービスを購入する際に、最も重要な判断要素の1つです。この価格によって、人々の評価や選好が変わることがあります。たとえば、高価な商品を提示することで、安価な商品が高く評価される場合があります。逆に、安価な商品を提示することで、高価な商品が高く評価される場合もあります。
整体のメニューを例に挙げて紹介しましょう[1]横山信弘 『絶対達成する決断力のつけ方――意思決定が速くなる「ノイズキャンセリング仕事術」』ダイヤモンド社、2013年、45頁。。
Aコース 45分 7,000円
Bコース 60分 10,000円
AコースとBコースは時間と価格が異なるだけでなく、アロマの種類やマッサージの有無が違います。
この2つのコースであれば、ほとんどの人がサービスの内容をあまり理解していないため、安価なAコースを選びます。店員さんが、「Bコースは貴重なアロマを使って、マッサージもあるのでお得でおすすめですよ」と言っても、やはりAコースが選ばれます。
この2つのメニューに、新たにCコースを追加します。
Aコース 45分 7,000円
Bコース 60分 10,000円
Cコース 90分 15,000円
以前はほとんどの人がAコースを選択していたのに、このCコースを追加するだけで、Bコースを選ぶ人が格段に増えました。
この3つの選択肢の中で、人は決断を正当化しようとします。「良いサービスを受けたい」と思い、「1番安価なAよりBの方がいいはずだ。Bは1万円もするし高いけれど、Cよりは安いからBが妥当だ」と考えます。
2つのコースしかなければAを選ぶのに、3つ提示されたことで、Bを選ぶように選択が変わりました。このように「選好の逆転」を利用して、収益を上げることも可能です。
パッケージング戦略
商品のパッケージは、商品イメージに関わる重要な要素です。
多くの商品の中から、自社の商品を選んでもらうために、パッケージのデザインやカラーリングを変更することはよくあります。中身が変わっていなくても、パッケージを高級感あるデザインにするなど、魅力的なものに変更することで、商品の評価が上がり、需要が増えることがあります。
時間的な選好の逆転
選好の逆転には、時間が関係するものもあります。将来の利益がたとえ大きかったとしても、目先の利益を優先してしまうのが、時間的な選好の逆転です。
これはマーケティング戦略にも使われており、期間限定セールや数量限定商品がこれに当たります。短期的な利益を提示することで、購入の決断をしやすくするようにしむけています。マーケティングだけではありません。日常でもこの現象はよく起こります。たとえば、以下の選択肢がある場合にどちらを選ぶか考えてみてください。
あなたは痩せたいと思っています。目の前に美味しそうなケーキがあります。
A ケーキを食べる
B ケーキを我慢する
合理的な判断を下そうとすれば、痩せたいと思っているのですから、今はケーキを我慢する方が将来的な目的は達成されるはずです。
しかし、今目の前に美味しそうなケーキがあります。そうすると、ケーキを食べて満たされるという目先の利益が優先されてしまうことがあります。
選好の逆転を仕事に活かす
コンサルタントとして年間5000人を変えてきた横山信弘氏は、目標達成のために、自身で考案した「三択法」を推奨しています。三択法とは、読んで字のごとく物事を三択にして決断する方法なのですが、これは「選好の逆転」現象を使っています。
三択にすることでより良い決断ができる
それぞれの目標に合わせて3つの選択肢を用意します。この選択肢は、以下のようなものを設定するようにしましょう。
A ノープラン・・・現状維持
B チャレンジプラン・・・がんばればできるかもしれないプラン
C ビッグプラン・・・理想よりもさらに上の、実現が難しいプラン
選択肢の中に、現状維持を入れるのがポイントです。現状維持は、決定を先延ばしにするのではなく、現状を変えないという選択をしたと考えます。「現状維持」を入れることで、目標達成に向けてより良い決断ができるようになります。
意外な決断ができた例
横山氏はコンサルタントとして、セッションの中で以下のことをしました。決断する内容はKPI(行動指標)です。
1.これまでの平均の月間KPIを紙に書かせる
2.1分間で目標KPIを書かせる(ほとんどの人が普段のKPIの、2倍の数字を書く)
3.セッションの最後に経営陣の前でプレゼンをしてもらうことを伝える
4.書いた目標KPIをさらに2倍にするように言う
5.2倍にしたKPIを達成するために、今の業務の何を変えれば良いかアイデアを3つ出させる(この時現実的にやるかどうかは別)
6.意外とできそうなアイデアが出てくるので、それを念頭において、プレゼンで宣言するKPIを決めてもらう
これをすると、元々の平均KPIが90で、目標KPIが180だった人は、2倍にして360となり、最終的には「260」などと宣言します。
これを例にとると、ノープランが現状維持の「90」、チャレンジプランが目標として書いた「180」、そしてビッグプランが強制的に設定された「360」です。ここで無意識のうちに、折衷案としてチャレンジプランとビッグプランの間の新たな選択肢が生まれました。これが「選好の逆転」現象を使った三択法の効果です。
まとめ
決断は自分の意志でしていると思っていても、状況によって選択が変わってしまうことは実際にあります。それはほとんどが無意識に行われる選択なので、気づきにくいですが、人生を左右するような大事な選択をする際は、一度立ち止まって考えてみてください。
参考
- マッテオ・モッテルリーニ(著)、泉典子(翻訳)『経済は感情で動く : はじめての行動経済学』紀伊國屋書店、2008年
- 横山信弘 『絶対達成する決断力のつけ方――意思決定が速くなる「ノイズキャンセリング仕事術」』ダイヤモンド社、2013年
注
↑1 | 横山信弘 『絶対達成する決断力のつけ方――意思決定が速くなる「ノイズキャンセリング仕事術」』ダイヤモンド社、2013年、45頁。 |
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