
これまで、世界最高のデザイン・ファーム「IDEO」のイノベーション手法についてご紹介してきましたが、今回は製品やシステムの「使いやすさ(UI/UX)」の核心に迫ります。
システム開発やWebサイト制作において、「良かれと思って機能やボタンを追加していったら、結局誰にも使いこなせない複雑なものになってしまった」という失敗は後を絶ちません。
トム・ケリーの著書『発想する会社!』の第13章では、こうした複雑さと戦い、究極のシンプルさを追求する「ウェットナップ・インタフェース」の重要性が語られています。
「ウェットナップ・インタフェース」とは?
「ウェットナップ」とは、ファストフードやテイクアウトの料理についてくる「使い捨ておしぼり(ウェットティッシュ)」のことです。
AT&Tコンシューマー・プロダクツの元社長であるカール・レッドペターが提唱した言葉で、「破って開けて、お使いください」と同じくらい簡単に、説明書を読まなくても直感的に使える製品デザインを指しています。
ユーザーは、新しいシステムを使うために分厚いマニュアルなど読みたくありません。私たちが目指すべきは、まるでおしぼりを使うように、直感的に目的を達成できるインタフェース(操作画面)なのです。
開発者が陥る罠「複雑のつめこみ」と戦う
ウェットナップ・インタフェースを実現するために最大の障害となるのが、「複雑のつめこみ(フィーチャークリープ)」です。
製品やシステムを開発していると、企業側(あるいはクライアント)はつい「あの機能も入れよう」「このボタンも足しておこう」と、余分なものをたくさん追加してしまいがちです。開発側からすると、機能が多いほうが「すごい製品」のように錯覚してしまうからです。
しかし、著者はこれを明確に避けるべきだと警告しています。機能が多すぎるとユーザーの認知負荷が上がり、混乱し、結果的に「使いにくい製品」という烙印を押されてしまうからです。「足し算」よりも「引き算」のデザインこそが、圧倒的な価値を生むのです。
究極のシンプルさを追求した2つの実例
同書では、ウェットナップ・インタフェースを見事に実現し、「引き算」の勇気を持った優れたプロダクトの実例が挙げられています。
1. アップルの初代マウス(1ボタンの決断)
1981年、IDEOがアップルの最初のマウスをデザインした際、「ボタンを1つにするか、2つにするか」で大きな議論が巻き起こりました。
最終的にアップルは「1つボタン」にこだわりましたが、歴史が証明している通り、これは大正解でした。当時はまだキーボードでコマンドを打ち込むのが当たり前の時代。これから初めてグラフィック環境(GUI)に移行するユーザーにとって、「右クリックと左クリックを使い分ける」という余分な学習コストは、負担が大きすぎると考えたからです。
2. パーム(PDA)の「ワン・クリック」思想
かつて一世を風靡した携帯情報端末(PDA)の「パーム(Palm)」も、驚異的なシンプルさを誇っていました。
パームは、電源がオフになっている状態でも、本体の「電話アイコンのボタン」を押すだけで、システムが「ユーザーは電話番号を調べたいのだな」と察して電源が入り、直接アドレス帳が開くように設計されていました。さらに、探したい相手の頭文字を入れるだけで名前のリストが表示されます。
メニュー画面を開き、アドレス帳アプリを探して起動し……といった何段階もの操作をユーザーに強いるのではなく、ユーザーが達成したい目的に最短(ワン・クリック)で到達できる親切なデザインが貫かれていたのです。
まとめ:ユーザーの「目的」に直結させよう
- 機能の多さ(足し算)は、使いやすさの敵になる
- 説明書なしで使える「おしぼり」のシンプルさを目指す
- ユーザーに何段階ものメニュー操作を強いず、目的に最短で到達させる
現代のスマートフォン・アプリなどはまさにこの「ウェットナップ・インタフェース」の究極形と言えますが、業務用のITシステムや企業サイトとなると、まだまだ「複雑のつめこみ」が横行しています。
「この機能は本当にユーザーの目的達成に必要か?」「もっと操作ステップを減らせないか?」
開発中に行き詰まったら、ぜひ「おしぼりのように簡単に使えるか?」というウェットナップの問いに立ち返ってみてください。
参考
- トム・ケリー、ジョナサン・リットマン 著(鈴木主税、秀岡尚子 訳)『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』早川書房、2002年

