相手に合わせてコミュニケーションの「服」を着替える
「あの部署の部長には、事前に根回しをしてから公式な稟議を出さないと怒られる」
「この開発チームは、チャットでサクッと相談した方が早く進む」
プロジェクトマネージャーの皆様であれば、相手(ステークホルダー)によってコミュニケーションの手法を無意識に変えているはずです。このように、プロジェクトの特定の要求事項や、組織の文化、関係者の期待に合わせてマネジメントのやり方を調整することを、PMBOKでは「テーラリング(仕立て直し)」と呼びます。
今回は、PMBOK第8版の「ステークホルダー・パフォーマンス領域」におけるテーラリングの考慮事項を解説します。特に第8版で新たに追加された「AI(LLM)の活用」については、現場で陥りがちな落とし穴も交えて深掘りしていきます[1]Project Management Institute, Inc., A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) – Eighth Edition(日本語版), 第2部 2.5.3 および … Continue reading。
テーラリングにおける3つの考慮事項
PMBOK第8版では、ステークホルダーとの関係構築をテーラリングする際、以下の3つの要素を推進・評価の軸として定義しています。
1. 組織文化(Organizational Culture)
組織の風土は、コミュニケーション戦略に直結します。
- フラットな組織: オープンな対話を重視し、チャットなどの非公式(インフォーマル)なチャネルが好まれます。
- 階層的な組織: 公式なアプローチや、厳格な承認ルートを経由するフォーマルなやり取りが求められます。
2. プロダクト(Product)
作っている製品(プロダクト)の特性も影響します。
例えばソフトウェア開発のように、段階的に機能を追加していく(漸進型)プロダクトの場合、ステークホルダーからの継続的なフィードバックが不可欠です。そのため、定期的な「プロダクトレビュー」や「振り返り(レトロスペクティブ)」といったイベントを開発プロセスの中に組み込む工夫が必要になります。
3. 大規模言語モデル(LLM)と人工知能(AI)
第8版の大きな特徴が、このAIの明記です。
メール、報告書、議事録など「コミュニケーション用の作成物」を作る際、AIをどのタスクの支援に充てるべきかを評価します。人間がより価値のある活動に時間を使えるよう、AIの導入タイミングを見極めることが推奨されています。
現場に合わせたテーラリングの3つの適用例

上記の要素を踏まえ、プロジェクトの特性に応じて具体的にどうやり方を変えるのか。PMBOKでは3つのシナリオが例示されています。
- 適応型(アジャイル)プロジェクト: 日々の「デイリースタンドアップ(朝会)」や、専用のチャットツールをフル活用し、リアルタイムで迅速な情報共有とフィードバック獲得を目指します。
- 大規模なエンタープライズ(ERP導入など): 組織全体の足並みを揃えるため、非公式な対話よりも「隔週の公式ニュースレター」や「月次の全社会議(タウンホール)」など、統制された公式情報を中心に設計します。
- グローバル・多国籍プロジェクト: 文化やタイムゾーンが異なるため、「多言語での更新情報配信」や「オンラインでの意見交換会(バーチャル・フォーラム)」を設置し、多様な関係者全員が参加できる包括的な戦略をとります。
AI(LLM)活用の実情と「最大の落とし穴」

さて、ここからは実務における非常に重要なポイントです。
先述した「3. 大規模言語モデル(LLM)と人工知能(AI)」の活用について、皆さんの現場でも導入が進んでいるのではないでしょうか。
ステークホルダー・マネジメントにおいて、Web会議の「自動文字起こし・議事録作成」や、関係者へ送る「メール文案の作成」は、AIが最も得意とする領域です。受け入れられる土壌があるなら、積極的に取り入れていくべきでしょう。
しかし、AIを利用する際に私たちが最も注意しなければならないのが、「必ず人間が最終チェックをする」という鉄則です。
議事録の罠:重要な「宿題」が抜け落ちる
例えば、AIに会議の議事録を自動作成させたとします。一見するときれいにまとまっているように見えますが、よく読むと話の文脈が繋がっておらず支離滅裂になっていたり、何より「誰がいつまでに何をするのか」という一番重要なアクションアイテム(宿題)が漏れていることが多々あります。これでは議事録の意味がありません。
メール作成の罠:「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」な文章になる
AIにステークホルダーへのメール文を作ってもらうと、文法的には全く間違っていない「完璧な敬語」の文章が出力されます。
しかし、人間が読むと「なんだか血が通っていない」「丁寧すぎて逆にムッとする」と感じるような、いわゆる慇懃無礼な文章になりがちです。とくに謝罪やデリケートな調整が必要な場面において、AIの無機質な文章をそのまま送付してしまうと、かえってステークホルダーとの関係を悪化させ、ミスコミュニケーションを増加させる原因になります。
まとめ:AIは「優秀な助手」であって、PMの代わりではない
PMBOKでも触れられている通り、AIの導入にあたってはサイバーセキュリティの専門家と連携し、機密情報の漏洩を防ぐといった「セキュリティ面・倫理面」でのプロアクティブな措置も必須です。
ステークホルダー・マネジメントの本質は、あくまで「人と人との関係構築」にあります。
AIを過信し依存するのではなく、「自分の作業を楽にしてくれる優秀な助手(ドラフト作成係)」として認識しましょう。AIが作った土台に対して、プロジェクトマネージャー自身が「相手の性格や組織文化(テーラリング)」に合わせて最後に温かみのあるニュアンスを添える。
この一手間を惜しまないことこそが、最新のテクノロジーを使いこなしながらステークホルダーの心をつかむ、現代のPMに求められるスキルと言えるでしょう。
注
| ↑1 | Project Management Institute, Inc., A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide) – Eighth Edition(日本語版), 第2部 2.5.3 および 2.5.3.1(214-217頁)より要約。 |
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