「生産性を上げよう」と会社が言い出したとき、実際に降りてくる施策は、たいてい次のようなものではないでしょうか。
19時に強制退社。会議は立ったまま行う。会議時間は原則30分まで。
どんな本か
著者はマッキンゼー・アンド・カンパニーで人事マネージャーを務めた方です。同社のスタッフに求められる資質として「リーダーシップ」と並んで挙げられるのが「生産性」だといい、本書はその生産性を正面から扱っています。
序章のタイトルは「軽視される生産性」。刊行当時、日本では生産性という言葉がまだ製造業の現場に閉じたものとして扱われていました。ホワイトカラーの、あるいは組織そのものの生産性を主題に据えた点が、この本の立ち位置をよく表しています。
本書における生産性の定義は、いたってシンプルです。
生産性 = 得られた成果 / 投入した資源
この計算式は、Promapediaの下記記事の中で扱ってきた式と同じものです。
ただ本書が踏み込むのは、この式の使い道のほうです。
時間を短くすることは、生産性を上げることではない

「時間を短くすることは、生産性を上げることではない」という本書のメッセージは、もっとも指摘の鋭いところです。
新聞や雑誌で紹介される生産性向上の事例には、「決まった時刻に強制退社させる」「会議は立って行う」といった工夫が並びます。著者はこれらに対して、時間の短縮にはなるが、生産性を上げる方法ではないと指摘しています。
考えてみれば、たしかにそのとおりです。
これまで2時間かけていた会議を、工夫によって1時間にできたとしましょう。ここで、それまで2つ処理できていた議題が1つしか片づかなくなったのなら、生産性は上がっていません。分母(時間)が半分になった代わりに、分子(成果)も半分になっているだけだからです。
にもかかわらず、多くの現場では前者だけが測られます。会議時間は記録に残りますが、その会議で何が決まったかは記録に残りにくいためです。
分母だけを見て喜ぶ施策は、生産性向上を名乗ってはいけない。この一点を押さえるだけでも、本書を読む価値があります。
そしてこの指摘は、そのままプロジェクトの現場に持ち込めます。定例会議を30分に短縮したのに、決まらなかった議題が個別のやりとりに散らばって、結局PMの時間を余計に食っている。心当たりのある方は少なくないはずです。
生産性が上がることは、スタッフが成長すること

本書のもうひとつの柱が、生産性の向上を「成長」として捉える視点です。
同じ成果をより少ない資源で出せるようになった。あるいは同じ資源でより大きな成果を出せるようになった。それは要するに、その人ができるようになったということです。
この捉え方の何がよいかというと、生産性の議論から「締めつけ」の色が抜けることです。
生産性向上が「もっと速く」「もっと安く」という圧力として現れるとき、多くの場合それは分母を叩いているだけです。一方、生産性向上を成長と定義すれば、話は自然と育成の設計に向かいます。何を身につければ、この人はより少ない時間で同じ成果を出せるようになるのか。取り組む対象が、人ではなく仕組みになります。
PMの立場では、ここが実務的にいちばん効く発想の転換だと感じています。生産性が上がらないチームは、怠けているのではなく、成長の機会が設計されていないチームだと読み替えられるからです。
こんな人におすすめ
- 「生産性を上げろ」と言われて、何から手を付けるべきか分からない方
- 時短施策に取り組んだものの、成果が上がった実感がない方
- チームの育成計画を、感覚ではなく理屈で組み立てたい方
- これから生産性について学びたい方の、最初の一冊として
反対に、プロジェクト管理の具体的な手法を求めている方には向きません。本書が扱うのは組織と人材の話であり、工程やスケジュールの技法は出てきません。また、事例の多くはコンサルティングファームのものであるため、開発現場にそのまま当てはまらない部分もあります。読み替えながら進む必要があります。
それでも、生産性という言葉の使い方を正すという一点において、これ以上の入門書は思い当たりません。
まとめ ―「それは分母の話ですか、分子の話ですか」
この本を読んでから、生産性向上の施策を聞いたときに問うべきことが、はっきりしました。
それは分母を減らす話ですか。それとも分子を増やす話ですか。そして、もう一方は動いていませんか。
早く帰る。会議を短くする。作業を効率化する。どれも悪いことではありません。ただし、それによって成果が同じだけ減っているなら、生産性は1ミリも動いていない。動いたのは、数えやすいほうの数字だけです。
もし今、チームの生産性について何かを変えたいと考えているなら、施策を打つ前に一冊読んでおくと、遠回りをせずに済むはずです。



