「なぜ、あの人はあのような考え方をするのだろう?」
他者を完全に理解することは不可能に近いですが、人間が持つ「無意識の思考の枠組み(メンタルモデル)」の根源をたどることで、見えてくるものがあります。
今回は、宮本道人著『古びた未来をどう壊す?』に登場する「基盤テキスト(Foundational Texts)」という概念を通じて、物語がいかにして私たちのメンタルモデルを作り上げ、現実社会を動かしているのかを紐解いていきます。

「基盤テキスト」とは何か?〜文化のソースコード〜
基盤テキストとは、簡単に言えば「社会に大きな影響を及ぼし、人々の生き方や文化の根底に根ざした書物や物語」のことです。キリスト教における『聖書』や、各地域に伝わる『神話』や『伝説』がこれに該当します。
ハーバード大学教授のマーティン・プフナーは、この基盤テキストを以下のように定義しています。
- 文化のソースコード: 時間の経過とともに影響力や重要性を増し、やがてその文化全体を動かす「ソースコード(設計図)」となるテキスト。
- 人生の指針: 人々に「自身の出自(私たちはどこから来たのか)」を教え、「いかに人生を生きるべきか」を知らしめる役割を持つ。
- 権力の中心: 歴史的には祭司などが管理し、帝国や国家の中心に据えられてきた。
フィクションが「実用書」として現実を動かす
基盤テキストの面白いところは、それが人間が生み出した「フィクション(架空の物語)」でありながら、現実の歴史や社会を強烈にドライブ(推進)してきた点にあります。
たとえば、人類最古の文学と呼ばれる『ギルガメシュ叙事詩』。これは王を神格化した荒唐無稽な神話ですが、後世のアッシリアの王(アシュルバニパル王など)は、この物語を「領土拡大のためのお手本」、つまり実用書として扱い、現実の帝国運営に活用するほどの力を持っていました。
基盤テキストは、時代を超えて互いに影響し合い、融合し、分裂しながら、今なお人々の行動原理に影響を与え続けているのです。
【SSAITSの視点】日本人の基盤テキストは「むかし話」である
『聖書』や『コーラン』のように、特定の一冊を「絶対的な教典」として読む宗教に属していない多くの日本人にとって、この「基盤テキスト」という概念は少しピンとこないかもしれません。
しかし、日本人のメンタルモデル(無意識の前提や思考の癖)の根底には、間違いなく独自の基盤テキストが存在しています。それはおそらく「むかし話(民話・伝承)」です。
柳田国男の『遠野物語』に代表される民間伝承や、日本でユング心理学を確立した河合隼雄氏の「昔話の深層心理学」の研究に触れると、そこに日本人の精神性や倫理観のルーツを強く感じます。
- 「自然には神様(精霊)が宿っている」というアニミズム的な感覚
- 「悪いことをすればバチが当たる、正直者は報われる」という勧善懲悪のパターン
- 「恩返し」や「異類婚姻譚(鶴の恩返しなど)」に見られる他者との境界線の引き方
これらはすべて、私たちが子どもの頃から繰り返し聞かされてきた「むかし話」という基盤テキストによって、知らず知らずのうちに形成されたメンタルモデルなのです。
他者を理解する鍵は「相手の基盤テキスト」を知ること
ビジネスでも日常の人間関係でも、相手の行動や価値観が理解できず、すれ違ってしまうことは多々あります。
そのような時、表面的な言葉や論理だけで相手を分析しようとしても限界があります。
大切なのは、「この人は、どのような基盤テキストの上に立って物事を考えているのか?」と想像してみることです。
それは、特定の宗教書かもしれませんし、幼い頃に親しんだ「むかし話」かもしれません。あるいは、その企業が創業時から大切に語り継いでいる「創業者の伝説(コーポレート・ストーリー)」が、組織の基盤テキストになっていることもあります。
自分と相手の「文化のソースコード」が違うことを前提に、その根本にある物語(基盤テキスト)に思いを馳せること。それこそが、他者のメンタルモデルを深く理解し、より良い対話を生み出すための第一歩になるのではないでしょうか。
参考
- 宮本道人『古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える「ストーリー」のつくり方とつかい方』光文社、2023年


