ベネフィット・マネジメントとは何か?プロジェクトが生み出す便益や価値を解説
プロジェクトの便益を考える
今回はプロジェクトマネジメントにおけるベネフィット・マネジメントについて考えていきます。
従来、プロジェクトマネジメントは成果物を得るための一連のプロセス(工程)に焦点が当てられてきました。予定されたプロセスを決められた期間と予算内で完了し、求められた品質の成果物を得ることが、プロジェクトマネジメントの最優先事項でした。
しかし、それでは「プロジェクトは完了したものの、得られた成果物は効果をあげなかった」という事態を防ぐことはできません。
そのため、近年ではプロジェクトマネジメントの中でも、プロジェクトの便益を特定し、実現させるための施策が必要とされています。
たとえば、新しいプロジェクトマネジメントのフレームワークである「プロジェクトキャンバス」では、プロジェクトを構成する9つの要素の1つに便益(Benefit)が数えられています。
このように、プロジェクトマネジメントの中でもベネフィット・マネジメントが求められています。
プロジェクト・マネジャーはプロジェクトの便益を特定し、その実現にも注力する必要があります。
プロジェクトキャンバスは組織の全員がプロジェクトの主な構成要素を知り、理解し、生産的に働くことを可能にするフレームワークです。
このプロジェクトキャンバスはプロジェクトマネジメント協会の元会長であり、プロジェクトマネジメントの第一人者であるアントニオ・ニエト=ロドリゲス(Antonio Nieto-Rodriguez)が「ビジネスキャンバスモデル」をヒントに考案したものです。
プロジェクトキャンバスについては、下記の記事もご参照ください。
便益の内容
プロジェクトが生み出す便益には、「収益の増加」という金銭的な利益に関するものもあれば、「組織文化の改善」や「周囲の住民の心身のケア」などの金銭的でないものもあります。
後述する様々な手法を使いながら、プロジェクトの便益を特定することが大切です。
ベネフィット・マネジメントの流れ
プロジェクトマネジメントにおけるベネフィット・マネジメントは、以下の流れで進めていきます。
- 便益の特定と合意
- 計画の策定
- 便益の追跡と実現
ここからは、これらの内容を詳しく見ていきましょう。
便益の特定と合意
ベネフィット・マネジメントを取り入れる場合、プロジェクトが成功したかどうかは「便益が実現したかどうか」で判断されます。
そのため、便益の特定はプロジェクトの目標を定める重要な事項です。プロジェクトのステークホルダーの期待を確認しながら、「プロジェクトからどのような便益が得られるのか」を特定し、透明性の高い情報共有を行いながら、特定した便益について合意を形成する必要があります。
ここからは、便益の特定に利用できるツールや技法を紹介していきます。
便益の三角形
便益の三角形とは、便益の主要な構成要素を表したものです。便益とは何かを考える際、この3点に注目すれば、便益の特定がしやすくなります。
それぞれの要素の意味は以下のとおりです。
価値(Value delivered)
価値とは、プロジェクトの価値を意味しています。
これは金銭などの有形の価値だけでなく、社会への影響などの無形のものも含まれます。
リスク(Risks)
リスクとは、プロジェクトのリスクを意味しています。
往々にして、リスクが低いものは得られる成果も小さく、リスクが高いものは得られるものも大きいものです。
大きな成果を得ようとすると、高いリスクに対処しなければならず、リスクの高さはプロジェクトの成功確率を低下させます。
持続可能性(Sustainabillity)
持続可能性とは、プロジェクトが長期にわたって便益を生み出すのか、それとも短期的なのかを表しています。
お互いへの影響
プロジェクトの三角形と同様、便益の三角形の3つの要素は、お互いに影響を与えています。
たとえば、価値を高めようとすると、大きな成果が必要になるため、リスクが高まります。しかし、大きな成果が得られるのであれば、プロジェクトがもたらす便益も長期になることが予想されるため、持続可能性も高まります。
ベネフィット・カード
ベネフィット・カードは、プロジェクトのスポンサーとプロジェクト・マネジャーが、プロジェクトの主要な便益とインパクトを特定するのを助けるチェックリストです。
下記のような形でプロジェクトの主な便益と概要、実例と測定する際の指標が記載されています。
便益 | 概要 | 例 | 測定 |
---|---|---|---|
収益の増加 | 新製品 新サービス 新しいチャネル 買収 拡張 その他 | 売上の増加 サブスクリプションの増加 より高い価格帯 マージンの増加 | パーセンテージ、財務 |
コストの削減 | オートメーション テクノロジー 冗長性 組織再編 アウトソーシング その他 | 正社員の抑制 プロセスの高速化 精度の向上 不正行為の減少 | 正社員の人数、財務 |
生産性の向上 | 能率向上 生産力の向上 自動化 テクノロジー 債務削減 品質向上 その他 | 生産量の増加 より大きなマージン 無駄の削減 手戻りの減少 顧客対応の向上 | パーセンテージ |
ベネフィット・カードを使うことで、便益の特定だけでなく、その効果を測る指標がわかるため、効果検証をする際にも役立ちます。
ベネフィット・カードの項目は多岐にわたるので、詳しくは下記の記事をご参照ください。
PRUBモデル
PRUBモデルとは、プロジェクトにおける便益の役割を示したモデルです。
PRUBモデルでは、現在実施していることを検証し、プロジェクトが提供されるか、期待される価値を生み出すかどうかを確認します。
「PRUB」は「Projects(プロジェクト)」、「Results(結果)」、「Users(ユーザー)」、「Benefits(便益)」の頭文字に由来しますが、その名のとおり、PRUBモデルはプロジェクト、結果、ユーザー、便益に注目してプロジェクトの状況を整理します。
表1は、いくつかのプロジェクトをPRUBモデルに当てはめたものです[1]Antonio Nieto-Rodriguez, Harvard Business Review Project Management Handbook: How to Launch, Lead, and Sponsor Successful Projects (Harvard Business Review Press, 2021), p.90.。
プロジェクト | 産科病棟の リニューアル | 駐車場工事 | 新しい 人事システム |
---|---|---|---|
結果 | 最新の産科病棟 | 森の近くの駐車場 | 従業員との新しい コミュニケーション |
ユーザー | 産科医と看護師 | 森に来る人 | 従業員と管理者 |
便益 | 母子の健康状態の 改善 | 心身の健康 | より熱心になった従業員 従業員のパフォーマンス改善 |
表1のように、PRUBモデルはプロジェクトで得られる結果、使用するユーザー、期待される便益を一覧化することで、プロジェクトの意味を再確認することができます。
PRUBモデルについて、詳しくは下記の記事もご参照ください。
財務の健全性
金銭的な便益を目的とするプロジェクトであれば、財務の健全性を示す指標も便益の特定と測定に役立ちます。
以下で主な指標を紹介します。
- ROI(投資収益率):投資した金額に対して見込める収益
- 割引現在価値:将来獲得するお金の現時点における価値(現在価値)から投資額を引いたもの
- IRR(内部収益率):投資によって得られると見込まれる利回り
- 回収期間:投資金額が回収される期間
- 機会費用:ある選択を行うことで失った(選択しなかった)ものの価値
計画の策定
プロジェクトの便益を特定し、主要なステークホルダーの合意を得られたら、次はベネフィット・プラン(Benefits plan)を考えていきます。
ベネフィット・プランとは、プロジェクトによって得られる便益を特定し、その便益がいつ提供されるかを説明する計画のことです。ベネフィット・マネジメント・プラン(Benefits management plan)と呼ばれることもあります。
ベネフィット・プランを作成することにより、成果物から便益にプロジェクトの焦点を移すことができ、プロジェクトの便益の可視性と、それらを確実に実現するための説明責任を明らかにすることができます。
このベネフィット・プランについては、下記の記事をご参照ください。
便益の追跡と実現
プロジェクトの最中だけでなく、プロジェクトが終わった後も、予定していた便益が実現できるかどうか、プロジェクトのスポンサーは検証しなければなりません。
プロジェクトの便益も、プロジェクトが完全に完了する前からその便益を得られるものもあれば、便益を生むまで時間がかかるものもあります。
便益を追跡し続け、その実現に問題がないかを随時確認していき、どうしても実現が難しい場合は撤退するという判断を下す必要もあります。
最終的な便益の責任者は、スポンサーやプロジェクトの発起人ですが、プロジェクト・マネジャーも、便益の実現をサポートすることが大切です。
参考
書籍
- Antonio Nieto-Rodriguez, Harvard Business Review Project Management Handbook: How to Launch, Lead, and Sponsor Successful Projects Harvard Business Review Press, 2021.
注
↑1 | Antonio Nieto-Rodriguez, Harvard Business Review Project Management Handbook: How to Launch, Lead, and Sponsor Successful Projects (Harvard Business Review Press, 2021), p.90. |
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