「イノベーション」や「創造性(クリエイティビティ)」と聞くと、スティーブ・ジョブズのような一部の天才だけが持つ特別な才能だと思っていませんか?
しかし、世界最高のデザイン・ファームとして知られる「IDEO(アイディオ)」の創業者の一人、トム・ケリーはその著書『発想する会社! — 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』の中で、それを明確に否定しています。
今回は、デザイン思考の原点とも言える同書から、普通のチームから圧倒的なイノベーションを生み出す手法「ディープ・ダイブ(Deep Dive)」と、その「5つのステップ」について解説します。
5日間でショッピング・カートを再発明せよ!
IDEOの手法を語る上で欠かせない、伝説的なエピソードがあります。
アメリカの深夜番組「ナイトライン」が、IDEOのイノベーションのプロセスを密着取材した時のことです。彼らに与えられた課題は、「スーパーマーケットのショッピング・カートを、わずか5日間で再設計する」という途方もないものでした。
IDEOのチームは、この短期間で集中的に課題に取り組む手法を「ディープ・ダイブ(深潜り)」と呼んで実践し、見事にこの難題をクリアしました。
彼らは一体、この5日間で何をしたのでしょうか?
ディープ・ダイブを支える「イノベーションの5ステップ」

IDEOのディープ・ダイブは、ただ闇雲にアイデアを出すわけではありません。以下の「5つのステップ」に沿って、猛烈なスピードでプロセスを回していきます。
1. 理解 (Understand)
まず、市場、クライアント、テクノロジー、そして「問題点そのもの」を深く理解します。思い込みを捨てて、カートを取り巻く前提条件を洗い出します。
2. 観察 (Observe)
ここがIDEOの真骨頂です。チームは会議室を飛び出し、スーパーマーケットの現場へ向かいました。
実際の買い物客や店員を観察し、話を聞くことで、「カートが風に飛ばされて車にぶつかる」「子供が座席から落ちそうになる」「レジでの精算に時間がかかる」といった、現場の「リアルな不満(ペインポイント)」を発見します。
3. 視覚化 (Visualize)
現場から持ち帰った観察結果をもとに、チーム全体で猛烈なブレインストーミングを行います。
「突飛なアイデアを歓迎する」「他人のアイデアに乗っかる」といったルールの下、壁一面がポスト・イットで埋め尽くされました。
そして、アイデアが出たらすぐに「プロトタイプ(試作品)」を作って視覚化・立体化します。「横に動かせるカート」や「子供の安全な座席が付いたカート」など、手に入る材料を使ってあっという間に複数の模型を作り上げました。
4. 評価 (Evaluate)
作られた複数のプロトタイプを実際に触り、評価し、改良を重ねます。失敗を恐れず、「早く作って早く失敗し、そこから学ぶ」ことを繰り返します。
5. 実現 (Implement)
最終的に、複数のプロトタイプの良い部分を統合。従来の形とは全く異なる「スキャナーを備え、買い物カゴを複数置けるスタイリッシュで機能的な新しいショッピング・カート」を、見事に5日間の期限内で完成させました。
イノベーションは「特別な天才」のものではない
現在、「デザイン思考」と呼ばれるこれらのアプローチは、多くのビジネス書で語られ、ある意味でコモディティ化(一般化)した感があります。
しかし、現場に飛び込んで一次情報を取りに行く泥臭さや、恥をかき捨てて素早くプロトタイプを作るスピード感、そしてそれらを可能にする「ディープ・ダイブ」の熱量は、決して色褪せることのない実践的なメソッドです。
このエピソードが私たちに教えてくれる最大のメッセージは、「創造性(クリエイティビティ)は、特別な天才だけのものではなく、正しいプロセスとチームワークがあれば、どんな組織でも発揮できる」ということです。
「うちのチームにはアイデアマンがいないから……」と諦める前に、まずは現場に足を運び、徹底的に「観察」することから始めてみませんか?
参考
- トム・ケリー、ジョナサン・リットマン 著(鈴木主税、秀岡尚子 訳)『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』早川書房、2002年

