前回、生産性はアウトプットとインプットに分けて見るものであり、生産性の話は締切の場ではなく育成と体制の場でするものだ、と書きました。
では、その育成の場では何を話せばよいのでしょうか。メンバーから「どうすれば生産性が上がりますか」と聞かれたとき、何と答えるか。あるいはPM自身が、自分の生産性を上げたいと思ったとき、何に手を付けるべきなのか。
今回は、視点を組織から個人に移して考えていきます。
「仕事ができる」を分解する
現場では「あの人は仕事ができる」という言い方をよくします。ただ、この言葉が何を指しているのかは、意外とはっきりしません。
生産性の式に照らして分解すると、実は2つしかありません。
- 他の人にできないことが、できる
- 同じ仕事を、より短い時間でこなせる
前者はアウトプットの幅を広げる方向、後者はインプットを減らす方向です。
「仕事ができる」と呼ばれる状態は、このどちらか、あるいは両方を満たしているだけだと考えると、話がずいぶん整理されます。
そして、伸ばし方も効いてくる時期も、この2つはまったく違います。
道その1:できることを増やす
分かりやすい例で考えてみます。
Webサイトを持っている小売店で、あなたは店頭に立っています。同じ職場のAさんは、日々サイトの更新も担当しています。あなたが店頭で1日10万円を売り上げるのに対し、Aさんはサイト経由でも売上を作り、あわせて20万円になっている。
このとき、Aさんの生産性はあなたより高い、ということになります。技能として持っているものが違うからです。
IT・Web案件でも同じことが起きます。フロントエンドしか触れない人と、サーバー側の見当もつく人とでは、同じ障害報告を受けたときに動ける範囲が変わります。できることの幅は、そのままアウトプットの幅になります。
では、どう増やすか。ここは近道がなく、学ぶしかありません。
- OJT(On the Job Training) — 業務のなかで、先輩や周囲から教わる
- Off-JT — 職場を離れて研修を受ける、資格の勉強をする
PMの場合、この「できることを増やす」の中身は、技術そのものとは限りません。見積りの精度、リスクの察知、揉めた場面での交渉。いずれも一朝一夕には身につかないぶん、身につけば他の人に代われない領域になります。
ただし、この道には明確な弱点があります。時間がかかることです。今日勉強を始めても、明日の締切には間に合いません。
道その2:同じ仕事を、短い時間で終える
もうひとつの道が、熟練による時間短縮です。
先ほどの例の続きで、あなたもサイトを更新できるようになったとします。しかし、あなたが更新作業に8時間かかるのに対し、Aさんは4時間で終える。得られる売上が同じなら、やはりAさんのほうが生産性が高いことになります。
この差は、多くの場合、次のようなところから生まれます。
ツールの習熟度
表計算ソフトが分かりやすい例でしょう。同じ集計表を作るのに、関数やショートカットを知っているかどうかで所要時間は大きく変わります。エディタ、ターミナル、コミュニケーションツール、プロジェクト管理ツール。日常的に触れるものほど、差は積み上がります。
段取り
自分の仕事の全体像が見えていて、どの順番で進めれば手戻りが少ないかを分かっている状態です。「作業に取りかかる前に5分考える」だけで、あとの数時間が変わることは珍しくありません。
引き出しの量
過去に似たものを作った経験があれば、ゼロから考えずに済みます。ベテランが速いのは、頭の回転が速いからというより、参照できる過去が多いからです。
この道の良いところは、比較的すぐ効くことです。ショートカットを3つ覚えるだけでも、明日の作業時間は少し減ります。
どちらから手を付けるか
整理すると、こうなります。
| できることを増やす | 短い時間で終える | |
|---|---|---|
| 効く方向 | アウトプットを広げる | インプットを減らす |
| 効いてくるまで | 数か月〜数年 | 数日〜数週間 |
| 主な手段 | OJT・研修・資格 | ツール習熟・段取り・経験 |
| 頭打ち | しにくい | しやすい |
目の前が苦しいときは「短い時間で終える」ほう、余裕があるときは「できることを増やす」ほう、と考えるのが現実的です。
ただし気をつけたいのは、時間短縮のほうは早い段階で頭打ちになることです。作業時間を8時間から4時間にするのは可能でも、そこから1時間にするのは簡単ではありません。短期の打ち手だけを続けていると、いずれ伸びしろがなくなります。
余裕がないときほど時間短縮に寄っていき、その結果として学ぶ時間が確保できず、翌年も余裕がない。この循環は、多くの現場で起きています。だからこそ、育成の時間はプロジェクトの計画側で確保しておく必要があります。ここはメンバー個人の努力では、どうにもならない部分です。
PM自身の生産性は、どこにあるのか
ここまでは作業者としての話でした。ではPM自身の生産性はどこで測ればよいのでしょうか。
PMのアウトプットは、成果物そのものではありません。意思決定と、その伝達です。
だとすれば、PMにとっての時間短縮は「資料を速く作ること」ではなく、判断を保留している時間を減らすことになります。持ち帰って3日寝かせた判断は、その間チーム全体を止めています。個人の作業効率とは比較にならない規模で、インプットを消費していることになります。
そしてPMにとっての「できることを増やす」は、判断できる領域を広げることです。技術の見当がつけば、見積りの妥当性を自分で判断できます。契約の勘所が分かれば、legal待ちの時間が減ります。
PMが速くなると、チーム全体が速くなります。ここは投資対効果が大きい領域です。
注意点:速さだけを追いかけると、何が起きるか
とはいえ、時間短縮には副作用があります。
学ぶ時間から削られる
効率を上げろと言われたとき、真っ先に削られるのは勉強や振り返りの時間です。短期的には数字が良くなりますが、長期的には伸びしろを削っています。
品質が犠牲になる
速く仕上げた成果物が、後から何度も直されるのであれば、それは生産性が上がったことにはなりません。前回の記事でも触れたとおり、アウトプットは初稿の速さだけで測るべきものではありません。
属人化が進む
「あの人に頼めば速い」という状態は、個人の生産性としては最高ですが、チームとしては危うい状態です。その人が抜けた瞬間に止まります。
個人の生産性向上は、チームの生産性向上と必ずしも一致しません。PMの立場では、ここを分けて見ておく必要があります。
実践:まず何をするか
メンバーに聞かれたとき、あるいは自分で始めるとき、順番はこうです。
- いま時間を使っている作業を、1週間だけ記録する — 感覚と実態はたいていズレています
- 最も時間を使っている作業について、短縮の余地を探す — ツールの機能、順番の入れ替え、そもそもやめられないか
- 同時に、半年先に「できるようになっていたいこと」を1つ決める — 短縮の努力だけでは頭打ちになるため
3つ目を必ずセットにするのが肝心です。削る努力と、増やす努力は、片方だけでは続きません。
生産性は、個人の頑張りの話ではない
最後に、立場を変えて申し上げておきたいことがあります。
ここまで個人ができることを書いてきましたが、生産性が上がらない原因が本人の側にあるとは限りません。指示が曖昧で手戻りが多い、必要な情報が届いていない、そもそも学ぶ時間が計画に入っていない。こうした場合、個人がいくら段取りを工夫しても限界があります。
「生産性を上げよう」という言葉が、個人への圧力として使われはじめたら、その職場では危険信号だと考えてよいと思います。
個人ができることは確かにあります。ただしそれは、環境が整っていることが前提です。整えるのは、PMやリーダーの仕事のほうです。


