映画や小説、あるいは誰かのドラマチックな成功体験談を見聞きして、胸が熱くなり、モチベーションが大きく上がった経験は誰にでもあるでしょう。
「物語(ストーリー)」は、私たちに前を向いて生きる活力を与えてくれる素晴らしい魔法です。
しかし、その魔法は時として、私たちの理性を麻痺させる「猛毒」にもなります。
今回はジョナサン・ゴットシャルの著書『ストーリーが世界を滅ぼす』から、古代ギリシャの哲学者プラトンが鳴らした「物語への警告」と、2000年以上経っても私たちが克服できていない「物語との付き合い方」について考えていきましょう。
プラトンが恐れた「物語の毒」とは?

プラトンは人間の心を「理性」と「感情・欲望」の2つに分類しました。そして、物語は感情を強烈に刺激し、人間の「知的防御(理性のバリア)」をいとも簡単に突破してしまうと警告しました。
いくら論理的に「これは間違っている」と頭で分かっていても、感情を揺さぶる「かわいそうな被害者のストーリー」や「巨悪に立ち向かうヒーローのストーリー」を見せられると、私たちは理性を失い、あっさりとその物語を信じ込んでしまいます。
プラトンは、物語をスター・ウォーズの「フォース」のような、人間の理性を麻痺させて操る強大な力(危険物)だと見なしたのです。
理想の国から「詩人(ストーリーテラー)」を追放せよ
この危険視は徹底されていました。
プラトンは自身の著書『国家』の中で、理想の国を作るためには、人々の感情をかき乱すストーリーテラー(詩人や劇作家)を国から追放すべきだと主張しました。
さらに、当時のギリシャ人にとっての教典(バイブル)であったホメロスの叙事詩『イーリアス』や『オデュッセイア』すらも検閲の対象としました。「神々や英雄が悲しんだり、弱さを見せたりするシーンは、若者の道徳心を腐敗させる」として、物語から徹底的に削除すべきだと唱えたのです。
プラトンの自己矛盾と「高貴な嘘(Noble Lie)」

このように物語を激しく憎み、論理と理性による統治を目指したプラトンですが、最終的に「ある巨大な矛盾」に行き着いてしまいます。
それは、「論理と理性だけでは、決して大衆の心は動かせない(国はまとまらない)」という残酷な事実でした。
結局プラトンは、国家の厳しい階級制度を人々に納得させるために、自ら一つの物語を創り出します。それが「高貴な嘘(土の神話)」と呼ばれるものです。
「人間は生まれつき、金・銀・鉄が体に混ざっており、それによって身分が決まっているのだ」という、全く科学的根拠のない「架空の神話(ストーリー)」を大衆に信じ込ませることで、社会秩序を維持しようとしたのです。
全体主義のハウツー本?
物語を「理性を狂わせる毒だ」と激しく批判しておきながら、いざ自分が国をまとめる段になると、強力な洗脳ツールとして「嘘の物語」を利用したプラトン。
後年の哲学者カール・ポパーは、このプラトンの欺瞞を「全体主義ディストピアのハウツー本」だと痛烈に批判しています。
これはプラトン個人の失敗というより、「人間は、物語なしでは社会を維持することすらできない」という、私たちの根源的な業(限界)を象徴するエピソードと言えるでしょう。
まとめ:私たちは「物語」とどう付き合うべきか?
物語は理性を麻痺させる危険な毒である。これは2000年以上前のプラトンの時代から問題視されてきたことでした。しかし、人類は未だにこの弱点を克服できていません。
現代のSNSを見渡せば、フェイクニュース、陰謀論、誰かを過剰に叩く炎上騒動など、私たちの感情をハックする「悪意あるストーリー」が溢れ返っています。
私たちは「ホモ・フィクタス(物語るサル)」であり、物語から逃れて生きることはできません。だからこそ、私たちに必要なのは物語を排除することではなく、「物語に対する免疫(リテラシー)」を持つことです。
心が大きく揺さぶられるような情報(ストーリー)に触れた時、すぐに同調したり怒ったりするのではなく、「今、私は誰かの作意によって感情をコントロール(麻痺)させられていないか?」と、自らの理性に一歩立ち止まって問いかけること。
モチベーションを上げるための「良薬」として物語を楽しみつつも、決してそれに思考を乗っ取られない「知的防御」の盾を磨き続けること。それこそが、情報に溢れる現代社会を生き抜くための、最も重要なメンタル・コントロール術なのです。


