以前の記事では、世界最高のデザイン・ファーム「IDEO」が実践する短期集中型のイノベーション手法「ディープ・ダイブ」をご紹介しました。
今回は、彼らのデザイン思考の根幹をなす「観察(Observation)」について深掘りしていきます。
トム・ケリーの著書『発想する会社!』の第3章には、「イノベーションは見ることから始まる」というタイトルが付けられています。
AIやビッグデータがもてはやされる現代において、「現場に行って自分の目で見る」という手法は少し泥臭く感じるかもしれません。しかし、人間を相手にビジネスをする以上、不自由を感じている人の立場に立つこのアプローチは、これからの時代も間違いなく有効な最強の武器になります。
イノベーションは「会議室」では起きない
多くの企業は、新商品を開発する際にアンケート調査やグループインタビューを行います。しかし、IDEOは「それだけではイノベーションは生まれない」と断言します。
なぜなら、人間は「自分がなぜそのように行動しているのか」を正確に認識して言葉にできるわけではないからです。
例えば、IDEOが心臓手術で使う医療デバイス(バルーン血管拡張器)をデザインした際のエピソードがあります。彼らが実際の手術室を観察すると、医師は手元ではなく、患者の状況を映す「モニター画面」に集中しなければならないことがわかりました。
そこから、「手元を見なくても片手で直感的に操作でき、クリック音で操作状況がわかる」という、現場のニーズに完全に寄り添った新しいデバイスが誕生したのです。
このように、答えは常に会議室ではなく「現場」に落ちています。
観察からイノベーションの種を見つける4つの視点

現場で人間を観察するといっても、ただぼんやり眺めているだけではアイデアは生まれません。同書では、観察からヒントを得るための具体的な視点をいくつか提示しています。
1. 「左利きの人の身になる」(共感する)
一般的な基準から外れた人や、操作に不器用な人(極端なユーザー)の状況に「共感」するアプローチです。
分かりやすい例が、「オーラルBの子供用歯ブラシ」の開発です。当時、世の中の子供用歯ブラシは単に「大人用を小さくしただけ」のものでした。
しかしIDEOのチームが、子供たちが実際に歯磨きをしている洗面所を観察すると、重大な事実に気づきます。子供は指先が器用ではないため、大人のように指先でペンを持つのではなく、「手のひら全体で(拳を握るように)力強く握りしめている」のです。
この観察から、太くて柔らかく、どこを持っても滑らない子供専用の歯ブラシ「スクイッシュ・グリップ」が誕生し、世界的な大ヒット商品となりました。
2. 「ルールの破り手」を見つける
メーカーが想定した通りに製品を使わず、勝手に改造したり、別の用途に使ったりしているユーザーに注目します。
ユーザーが不便さを補うために苦労して編み出した「自分なりの工夫(不器用な解決策)」には、既存の製品が抱える欠陥や、世の中が求めている新しいニーズが浮き彫りになっています。
3. 「バグ・リスト」をつくる
日常生活の中で「なぜこうなっているんだ?」「使いにくい!」とイライラする不満点(バグ)を書き留めておくリストのことです。
自分が腹立たしく思う事柄は、実は他の多くの人も不便に感じている可能性が高く、このバグ・リストはイノベーションを起こすための「課題の宝庫」になります。
4. 「名詞」ではなく「動詞」で考える
製品を考えるとき、形のある「名詞」ではなく、ユーザーの行動である「動詞」として捉えるという強力な視点です。
例えば、「新しい電話(名詞)」を作ろうとすると、どうしても受話器やボタンの形に縛られてしまいます。しかし、「遠くの人と連絡を取る(動詞)」と考えれば、スマートフォンやチャットアプリのような全く新しい形をゼロから発想しやすくなります。人々が本当に達成したい目的(ニーズ)に集中するための思考法です。
まとめ:AI時代だからこそ「泥臭い観察」が武器になる
- アンケートの言葉ではなく、実際の行動を信じる
- 不器用なユーザーに共感し、ルールの破り手から学ぶ
- 日常のイライラ(バグ)をストックし、動詞で考える
いかがでしょうか。非常に泥臭く、人間臭いアプローチですよね。
しかし、どんなに技術が進歩し、AIが一瞬でデータを出してくれる時代になっても、「その製品を使うのは人間である」という事実は変わりません。
「使いにくい」「もっとこうだったらいいのに」という人間のリアルな感情や行動の機微を読み取ることは、現場に足を運んだ人間にしかできない仕事です。
新しい企画やプロジェクトに行き詰まったら、一度パソコンを閉じて、ユーザーがいる現場に足を運んでみてはいかがでしょうか。

