チームのモチベーションを上げたい。そう考えたとき、真っ先に思いつくのは表彰制度やポイント付与かもしれません。しかし実際に導入してみると、最初の数週間で熱が冷めてしまった、という話をよく聞きます。
なぜうまくいかないのか。その答えを、体系立てて教えてくれる本があります。ケビン・ワーバック氏とダン・ハンター氏による『ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義』(原題:For the Win)です。
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで開講された、ゲーミフィケーションを扱う講義がもとになっています。ビジネス書というよりは、講義ノートに近い構成の一冊です。
ゲーミフィケーションの定義をめぐって
本書はまず、言葉の定義から入ります。
オンラインゲーム研究の第一人者であるリチャード・バートル氏は、ゲーミフィケーションを「ゲームでないものをゲームに変換すること」と表現しました。一方で本書が採用する定義は、「非ゲーム的文脈で、ゲーム要素やゲームデザイン技術を用いること」です。
一見どちらも同じことを言っているようですが、両者の距離は小さくありません。前者は対象そのものをゲームに作り替えることを指し、後者はゲームから要素と技術だけを借りてくることを指しています。
プロジェクト運営に応用するうえでは、後者の立場が現実的です。仕事をゲームに変える必要はありませんし、そもそも変えられません。借りるのは、人が夢中になる仕組みのほうです。
仕事にゲーミフィケーションが役立つ理由
本書は、ビジネスでゲーミフィケーションが有効な理由を3つ挙げています。
1つ目は関与(エンゲージメント)です。組織内のモチベーション向上にも、消費者に商品を選んでもらうマーケティングにも働くとされています。
2つ目は実験、言い換えれば挑戦し続ける姿勢が養われることです。ゲームの中でプレイヤーは何度も失敗し、やり直します。この「試してみる」ことへの心理的なハードルの低さは、ダニエル・ピンク氏が『モチベーション3.0』で挙げた「熟達(マスタリー)」に近い感覚といえるでしょう。
3つ目として効果があることを挙げていますが、こちらは本書の営業トークとして受け取っておくのが健全なところです。
PMの視点で価値が大きいのは、やはり2つ目でしょう。失敗してもやり直せる場をどう用意するかは、そのままチームの学習速度に直結します。
ゲーム要素の3層構造 ―ダイナミクス・メカニクス・コンポーネント

本書でもっとも実用性が高いのが、ゲーム要素をピラミッド状の3層に整理した枠組みです。
ダイナミクス(最上層)
ゲーム全体を貫く、大きな枠組みにあたるもの。制約、感情、物語、進歩、関係性といった要素が原動力になります。目に見える機能ではなく、体験の骨格にあたる層です。
メカニクス(中間層)
プレイヤーを実際に動かすプロセス。チャレンジ、競争、協力、フィードバック、報酬など、10ほどの要素が挙げられています。
コンポーネント(最下層)
ゲームに実装される具体的な機能。バッジ、アバター、リーダーボード(ランキング)、ポイント、レベルなど、15ほどが列挙されています。
ここが重要なところです。多くの現場で失敗するのは、最下層のコンポーネントから手を付けてしまうからです。
ポイントもバッジもランキングも、あくまで一番下の部品にすぎません。上位のダイナミクス、つまり「何を目指し、どんな制約のもとで、どう進歩を感じてもらうのか」が定まっていない状態で部品だけを配っても、機能しないのは当然だといえます。
プロジェクトに置き換えるなら、ダイナミクスは目的とグラウンドルール、メカニクスはレビューや振り返りの進め方、コンポーネントは管理ツール上の表示や表彰の仕組みにあたります。着手すべき順序は、上から下へです。
プレイヤーは4つに分かれる

本書はバートルテストを引きながら、プレイヤーを4つのタイプに分類します。
- 達成者(アチーバー) — 目標を達成し、実績を積み上げることに喜びを感じる
- 探索者(エクスプローラー) — 仕組みを解き明かし、新しい発見をすることを好む
- 社交家(ソーシャライザー) — 他者との関わりそのものに価値を見出す
- キラー — 他者との競争や、優位に立つことに動機づけられる
バートルテストはもともとはオンラインゲームのプレイヤー研究から生まれた分類ですが、チームを見渡すと思い当たる顔があるのではないでしょうか。
そして、同じ施策が全員に効くわけではないという当たり前の事実に気づかされます。ランキングの掲示は競争を好むタイプには効きますが、社交家タイプには圧力にしかなりません。実績バッジは達成者には響いても、探索者には退屈です。
チーム全員に一律の施策を打つ前に、メンバーが何にやりがいを感じるタイプなのかを見ておく。この一手間が、施策の当たり外れを大きく分けます。
設計の手順 ―6つのD
本書は、ゲーミフィケーションを設計する手順を6つのステップとして示しています。頭文字がすべてDで揃うことから「6つのD」と呼ばれます。
- 目的を定める(Define) — 何のためにやるのかを言語化する
- 引き出したい行動を明確にする(Delineate) — 具体的にどう振る舞ってほしいのか
- プレイヤーを描く(Describe) — 相手はどんなタイプか
- 活動のループを設計する(Devise) — 行動とフィードバックが回り続ける形を作る
- 楽しさを忘れない(Don’t forget the fun) — 義務になった時点で失敗
- 適切なツールを導入する(Deploy) — ここでようやく具体的な仕組みの話
注目したいのは、ツールの導入が最後の6番目に置かれていることです。実際の現場では、ここが最初になりがちです。「まず管理ツールを入れよう」から始まった取り組みが続かないのは、順序が逆になっているからだと本書は教えてくれます。
こんな人におすすめ
- チームのモチベーション施策を、思いつきではなく設計として組み立てたい方
- 表彰制度やポイント制を導入したものの、続かなかった経験のある方
- マーケティング側の文脈でゲーミフィケーションに触れ、組織内への応用を考えている方
一方で、すぐに使えるテクニック集を求めている方には向きません。あくまで講義がもとになっているため、定義や分類の議論に紙幅が割かれます。急いで打ち手が欲しいときは、先に3層構造と6つのDの章だけ読むのが効率的です。
まとめ
この本を一言に縮めるなら、「部品から始めるな」ということに尽きます。
ポイントもバッジもランキングも、それ自体に力があるわけではありません。目的があり、引き出したい行動があり、相手のタイプが見えていて、行動と結果が回るループがある。その上に載ってはじめて、部品は働きはじめます。
チームの空気を変えたいと感じているなら、新しい制度を考える前に、まず「何を目指しているチームなのか」を言葉にしてみることから始めてみてはいかがでしょうか。順序を守るだけで、打ち手の当たる確率は確実に上がります。



