勇者の帰還

ついに、勇者はここまでたどり着いた。
重い鉄の扉を押しながら、勇者はこれまでの果てしない旅路を振り返っていた。
故郷・ネストの城下町からの出立。
七つの海を越えて手に入れた虹の宝玉。
どんな灼熱にも焼けぬ盾。あらゆる毒を無力化する秘薬。
そして、この腰で揺れているのは、世の悪を断つ伝説の剣。
これらを手にするために出会った数々の人々……。
開かれた扉の奥には、魔王が玉座に鎮座していた。
竜の顔に、悪魔の角。鎧ともローブともつかない独特の羽織をまとったその姿からは、高度な文明の匂いがする。
魔王は口を開いた。

よくぞきた、勇者よ
しかし、もはや戦いは無意味だ。大人しく我が軍門に下るが……
その悪魔の囁きを最後まで聞かず、勇者は魔王に斬りかかった。
魔王は慌てて片手を上げ、防御の魔法陣を展開する。しかし、究極まで鍛え上げられた勇者の剣に、そのような小細工は通用しなかった。
飛びかかった勇者は、魔法陣もろとも魔王を袈裟斬りにした。



馬鹿な……人間、よ……
その言葉を最後に、魔王はあっけなく息絶えた。


こうして、勇者は再び七つの海を越え、ネストの城下町へ帰ってきた。
心躍らせながら町の石門をくぐった勇者であったが、出迎えは誰もいなかった。それどころか、人の気配すらない。町は荒れ果てていた。
不思議に思いながらあたりを歩くと、花を手向けに来た中年の女性の姿が見えた。
勇者は尋ねた。一体この町はどうなったのだろう、と。
女は勇者の顔を見るなり、目を見開いて驚いた。



まぁ! あの時の勇者さま!?
生きておいでだったのですか!?
目を丸くする女に、勇者は胸を張って答えた。時間こそかかったが、ついに魔王を倒したのだ、と。
しかし、女の口から出たのは歓喜の声ではなかった。



そんな……いまさら



勇者さま、あれから何年経ったとお思いで? 40年ですよ!



勇者さまを送り出した時、10歳だった私もこんな歳でさぁ!
とっくの昔に町は魔物に滅ぼされてしまって、私は今日、皆の墓参りに来たんでさ
思わず勇者は自分の顔に触れた。
今まで過酷な旅にかまけて気にしていなかったが、肌はシワだらけになっていた。女が持っていた水瓶を覗き込むと、そこには白髪の老人が映っていた。
過ぎ去った残酷な年月に愕然とする勇者を気の毒そうに見ながら、女は去っていった。



それにしても、なぁんでたかだか川の向こうに見える魔王の城に行くのに、40年もかかったんかねぇ……
そんな捨て台詞を残して。
勇者は口にこそ出さなかったが、心の中で激しく反論した。



金がなかったんだ!
王様がよこした100ゴールドでは、路銀を自分で稼ぐしかなかったのだ!



仲間も、自分で探して育てるしかなかった!



そして時間だ!
いつまでに倒せなんて、誰も、何も言わなかったではないか!?
そんな見苦しい言い訳が、姿かたちを変えながら勇者の頭に次々と浮かび、脳内を埋め尽くそうとしていた。


ふと見上げると、そこには城下町の象徴である大きな大樹があった。
そういえば、あの時もこの聖樹に祈りを捧げて出立したのだった。そのご利益からか、確かに「魔王を倒す」という目的は果たせた。
しかし、守るべき町が滅んでしまった今、この結果に何の意味があったというのか。
勇者は大樹のそばに崩れ落ち、泣きながら祈った。



我が時間を戻してくれ! このまま命尽きるとしたら、我が人生に何の意味があったというのか!?
すると、どこからか声が聞こえた。



いいわよ
振り向くと、光に包まれた羽の生えた小人が、目の前に浮かんでいた。
このサイトの目的と対象読者
先ほどの短い物語を読んで、あなたはどう思いましたか?
「40年もかけるなんて馬鹿げている」と笑ったでしょうか。
しかし、現実のビジネスの世界では、この勇者と同じような悲劇が日々繰り返されています。目的を見失い、予算は底を尽き、いつまで経っても終わらない……いわゆる「炎上プロジェクト」です。
この特集コーナーの目的は、難解でとっつきにくい「プロジェクトマネジメント」の基本を、RPG風のストーリーでわかりやすくお伝えすることです。たとえ初心者であっても、この知識という名の武器さえあれば、あなたは決して迷走することなく、目の前の冒険を成し遂げられるようになります。
導き手なき勇者たちへ
美しい冒険譚には、かならず頼れる導き手が登場します。
マスター・ヨーダ、ダンブルドア校長、フリーレン……。彼らは主人公を導き、正しい道へと支えてくれる存在です。
しかし、現実の職場という名のダンジョンは残酷です。
運命のいたずらか、あなたの冒険には、手取り足取り教えてくれる優秀な先輩や上司という「導き手」が用意されていないかもしれません。「あとはよろしく!」と丸投げされ、途方に暮れている新米勇者も多いはずです。
このサイトは、そんな導き手が登場しなかったあなたの物語の、せめてもの「救いの書(攻略本)」になればと、これまでの実体験とノウハウをまとめたものです。
なぜ今、ウォーターフォールなのか?
このシリーズでは、プロジェクトマネジメントの基本である「ウォーターフォール・モデル」を中心に解説していきます。
ここで、少し勉強熱心な方ならこう思うかもしれません。
「え!? 今の時代、アジャイルじゃないの!?」
「ウォーターフォールって、もう古いやり方でしょ?」
いえいえ、そんなことはありません。
断言しますが、ウォーターフォールは決して古い手法ではありませんし、アジャイルがウォーターフォールの上位互換というわけでもありません。
のちのページであらためて詳しく解説しますが、日本の多くの企業が取り組むプロジェクト(システム導入や業務改善など)は、基本のウォーターフォールで十分に成功させることができます。
むしろ、基礎もないまま無理にアジャイルの真似事を取り入れた結果、仕様が無限に膨張し、コスト超過に陥り、いつまでたっても終わらない……という泥沼に陥る現場を数多く見てきました。
そう。それはまさに、川の向こうの魔王を倒すのに、何十年もかかってしまう先ほどの勇者のように……。
まずは、プロジェクトマネジメントの確固たる基本である「ウォーターフォール」をしっかり身につけることが何よりも大切です。それなのに、世の中の書店に並んでいるのは、最新のアジャイルや特定の成功体験ばかりを謳う本ばかり。
「このままでは、基本を知らないまま丸腰でダンジョンに放り込まれる若手が増えてしまう!」
そんな強い危機感から、このRPG風プロマネ解説の特集ページをスタートさせました。
さて、先ほどのかわいそうな勇者。その後どうなったのでしょうか?



いま、私たちに祈ったでしょ?
頭上から響いた声に振り向くと、光に包まれた羽の生えた小人が宙に浮いていた。



おめでとう! あなたがこの大樹の「100万人目の祈願者」よ!
だから特別に、あなたの願いをかなえてあげる
言葉の意味を理解する間もなく、勇者は強烈な立ち眩みに襲われた。
視界がぐにゃりと歪み、再び目を開けると……周囲の景色が一変していた。


つい先ほどまで荒涼としていたはずの景色が、活気にあふれた城下町の風景に戻っている。



ああ! 勇者様、こんなところにいなすったのかい
驚く勇者に、一人の女性が親しげに声をかけてきた。その傍らには、10歳くらいの少女が恥ずかしそうに立っている。



娘が、勇者様にこのお守りの腕輪をと



がんばってね、勇者様!
少女の顔を見て、勇者は息を呑んだ。
間違いない。ついさっき、墓参りに来ていたあの老婆の、幼い頃の姿だ。
本当に、40年前に戻ってきている……!



驚いた!? 嘘じゃないわ、正真正銘の40年前よ
小人が勇者の背後からひょっこりと顔を出した。



私の名前は……



そうね、「ティンク」とでも呼んでちょうだい
見たままの、あなたたちが考える妖精よ



本当は名前なんてないんだけど、呼ぶのに困るでしょ?
勇者はまだ状況が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていた。



まあ、細かいことはいいわ
で、これからどうするの?



王様からもらったそのなけなしの餞別金を握りしめて、魔王の来ない遠くの国にでも逃げたら?
しかし、勇者は無言で首を振った。
そして荷物を強く握り直し、決意に満ちた目で町の石門を目指して歩き出した。



まさか? また魔王を倒しに行くの?
性懲りもないわね



……まあいいわ
あなたは100万人目の大事な祈願者様



あなたが願うなら、いつでもこの場所、この時間に戻してあげる!
その呆れ混じりの声を背中で受け止めながら、勇者は再び、魔王討伐の旅へと足を踏み出したのだった。
それから――。





あなたねぇ……たしかに「いつでも戻してあげる」とは言ったけど



いったい何回やり直せば気が済むの!?
勇者は、またこの大樹の下に戻ってきていた。
これで何十回目だろうか。
ある時は、町を救うために準備もそこそこに魔王城へ突撃し、門番の魔物に一撃でやられた。
またある時は、大軍を組織しようとしたが、途中で資金が尽きて仲間割れが起きた。
そしてまたある時は、伝説の武器を探すために迷宮に潜り……剣を手に入れて地上に戻った頃には、すでに町は魔王軍に焼き払われていた。
どれだけ急いでも、どれだけ強い武器を手に入れても、結果はいつも同じ。
魔王を倒す頃には、守るべき町が滅んでしまっているのだ。
膝をつき、肩で息をする勇者の周りを飛び回りながら、ティンクはため息をついた。



ねえねえ勇者様
気合と根性だけで闇雲に突っ走っても、結果は変わらないわよ
ティンクは勇者の目の前に降り立ち、ビシッと指を突きつけた。



やり方が、根底から間違ってるんじゃないの?



