最近、X(旧Twitter)やビジネスメディアで「SaaSの死(SaaS is Dead)」という言葉が紙面をにぎわせています。
「AIが普及すれば、ソフトウェアは不要になる」という過激な予測ですが、果たして本当にSaaSは滅んでしまうのでしょうか?
今回は、Promapedia運営の視点から、生成AI(Gemini等)を日々活用しつつ複数のSaaSを利用している実務者の立場で、この「SaaSの死」について冷静に考察してみたいと思います。
そもそも「SaaSの死」とは何か?
まず、前提知識を整理しましょう。
SaaS(Software as a Service)とは
インターネット経由で利用できるソフトウェアのことです。Salesforce(顧客管理)、freee(会計)、Slack(チャット)、Notion(ドキュメント)など、私たちの仕事は今やSaaSなしでは成り立ちません。
なぜ「死」が叫ばれているのか
発端は、シリコンバレーの投資家による「ソフトウェアの終わり」という予言や[1]https://x.com/cpaik/status/1796633683908005988、Klarna(後払い決済大手)がSalesforce等の契約を打ち切りAIに置き換えたというニュースです[2]https://kigyolog.com/saas-ai.php?id=2173。
さらに拍車をかけたのが、Anthropic社(Claude)などのAI企業による新技術の公開です[3]https://www.nikkei.com/nkd/company/us/MSFT/news/?DisplayType=1&ng=DGKKZO9427792006022026EA2000、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN236910T20C26A1000000/。
AIがPC画面を認識し、人の代わりにマウスやキーボードを操作する「Computer Use」のような技術が登場しました。これにより、「人間が使いやすい画面(UI)にお金を払う必要がなくなるのでは?」という議論が巻き起こり、SaaS企業の株価が一時急落する事態となりました。
しかし、結論から言えば、私は「SaaSは滅びず、役割がより明確化される」と考えています。その理由を3つの視点から解説します。
理由1:コストの壁(AIエージェントはまだ高い)

「AIエージェントがSaaSの代わりになる」という議論で意外と抜け落ちているのが、「価格」の問題です。
- 議論の主流: AIエージェントがSaaSと同じことをできるから、SaaSは死ぬ。
- 現実のコスト: AIエージェントをフル稼働させるには、高額なコストがかかる。
多くの特化型SaaS(タスク管理や特定の業務ツール)は、月額数百円〜数千円と非常に安価に利用できます。
一方で、高度なAIエージェントを快適に利用しようとすると、コストは跳ね上がります。例えば、Anthropicのコラボレーション機能「Claude for Work」などを組織で本格導入しようとすれば、上位プランへの加入が必要になります。
参考: Claude Cowork Pricing – eesel.ai blog
※Cowork等の高度な機能を利用するには、相応のプラン(例:PROプラン月額20ドル以上など)が必要となるケースが多いです。
単に「案件を管理したい」「会計処理をしたい」という個別の課題解決だけであれば、既存のSaaSを利用したほうが圧倒的にコストパフォーマンスが良いという状況は、当面維持されるでしょう。
理由2:SaaSの真価は「同期(Synchronization)」にある

実際にSaaSとAIを併用していて感じるSaaSの最大の強み、それは「情報の同期」です。
プロジェクト管理ツール(BacklogやAsanaなど)を例に考えてみましょう。
AIエージェントの場合
ChatGPTやGeminiに「タスクAの期限が伸びたので、全体のスケジュールを引き直して」と頼むことは可能です。しかし、それはあくまで「その場での出力」に過ぎません。
修正されたスケジュールをチーム全員に共有し、認識を合わせるには、再度人間が周知するか、AIに複雑な指示を出す必要があります。
SaaSの場合
SaaS上でタスクAの日付を変更すれば、ガントチャートは自動で引き直され、関連するメンバーに通知が飛び、ダッシュボードの数値も即座に変わります。
「一箇所変えれば、全員の目の前にある情報が同時に書き換わる」。このデータベースとしての即時性・堅牢性は、現在のAIエージェントが最も苦手とするところです。
会計ソフトでも同様です。「領収書を読み込んで仕訳する」のはAIが得意ですが、「銀行APIと連携してリアルタイムに入出金を同期する」「過去の台帳と整合性を取る」といった処理は、SaaSという「システム」の独壇場です。
理由3:フォーマット維持の安心感

私はブログ執筆などで日々Geminiを使っていますが、痛感するのが「フォーマット維持の難しさ」です。
「この情報を表形式でまとめて」と依頼しても、ある時はマークダウンで、ある時はHTMLで出力されたりします。「様式を維持して」と指示しても、文脈によってAIが勝手な解釈を加え、形式が崩れることは日常茶飯事です。
業務において「誰がいつ入力しても、必ず同じ様式の請求書ができる」「必ず同じフォーマットでデータが蓄積される」ことは非常に重要です。
SaaSの「不自由さ(入力項目の制限)」は、裏を返せば「データの規格化」という強力なメリットでもあります。この安定感がある限り、基幹業務がAIに丸ごと置き換わることはないでしょう。
まとめ:SaaSは死なないが、「選び方」は変わる

以上の3点から、AIエージェントが今すぐSaaSを絶滅させることはないと考えます。
- 料金: SaaSの方がコスパが良い領域が多い
- 同期: チームでのリアルタイム共有はSaaSが上
- フォーマット: 業務の型を守るにはSaaSが必要
ただし、「常にAIという代替案が存在する時代」になったことは事実です。
これまでは「とりあえず契約していたSaaS」が、「これ、Geminiにやらせればよくない?」と見直され、解約されるケースは増えるでしょう。かつての「文字起こしツール」や「簡単な翻訳ソフト」が生成AIに飲み込まれたように、「たまにしか使わない機能」や「単純作業系のSaaS」は淘汰されていくはずです。
IT起業=SaaSという時代の終わり
また、ビジネスの視点で見れば、「とりあえずSaaSを作れば儲かる」という時代は終わったと言えます。単なるツールではなく、AIとうまく共存し、AIでは代替できない「体験」や「データ価値」を提供できるサービスだけが生き残る。
「SaaSの死」という言葉は、「思考停止でSaaSを使う/作る時代の死」を意味しているのかもしれません。


